恋するアンドロイド / 7 (intermission)








薔薇の棘で傷付けた指先から滴る紅い血を見つめていた。
「ただ、それだけの違いなのに」
その手を取って布で血を拭った。
「消毒しましょう」
「いらない」
「でも――」
「こんなものが流れているかいないのか、ただ、それだけだ――」
そう言った声も真っ直ぐに見た瞳もまるで棘が刺さったかのように痛々しい。
「それだけなんだ、ただ、それなのに」
「カガリ、血が――」
「血?こんなもの――」
持っていた手を振り払った。
そして両手で俺の服を掴むと胸にその額を擦り付けた。
「こんなものが裂いたんだ、あの二人を――」
くぐもった低い声がした。
それから暫く声も無く、額を擦り付けたままの姿勢で動きもせずにただ服を握り締め、その両手の指だけが血の気の失せた色からやがて温か味を帯びた仄かな紅い色へと変化して行くのを見ていた。
緩んだ両手の力と共に緩んだ声が
「アスラン」
そう弱々しく名を呼ぶのが聞こえた。
「アスラン――」
もう一度呼ぶ。それは行き場を失った救いを求める子供の声にも似た響きで聞こえた。
「――」
最後にもう一度だけ聞こえた声は、聞き取れない程の小さな声で告げられた。
その声と、その時彼女の指先が染めた紅い痛みの色だけが、消えずにいつまでも服の染みとなってそこに残された。



フレイとジョイ。
アルスター家の一人娘の『駆け落ち事件』について、世間に伝えられた僅かな真実。
捜索の後見つけ出されたフレイは家へと連れ戻され、その後学校は自主退学となった。
それから彼女がどうなったのかについてはアルスター家が忌まわしき汚点として封印した為に誰も知らない。
人知れずどこかで暮らしているとの噂もあったが定かでは無い。
そしてジョイ。
二度と彼女の目に触れぬよう、廃棄された。
その逃避行が、親の決めた婚約者から逃れたいが為の奇行、と世間では噂したが、真実と共に廃棄されたジョイの、その最期まで絶やさなかっただろう、あの『微笑』を、彼女はきっと愛したに違いない。




<06/11/11>

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