恋するアンドロイド / 1







カガリ、10歳        



「月は、綺麗。花も、綺麗」
庭にちょこんと座って、目の前ではしきりとまだ幼い少女が語りかけている。
「わかるか?」
「『綺麗』と言う言葉の意味は理解できますが。」
「うーん……。じゃあ」
そう言って、彼女は側でじゃれ付いていた仔犬をひょいと抱き上げると、
「仔犬は、『可愛い』」
そう言って俺の前に差し出した。
「ほら、フワフワしていて小さくて丸っこくて、『可愛い』。触ってみろ」
差し出されたその白い体に触れると、フワリとした柔らかい毛の感触と、生き物の持つ独特の暖かい体温の温もりが手のひらに伝わってきた。両手に納まりそうなほどのその小さな生き物が、撫でる毎に体を捩って短い尾を振っている。
「抱いてみろ」
小さな温もりが腕の中にすっぽりと納まると、フワフワとした柔らかい感触が感じた事の無い感覚を伴って不思議な気持ちだった。これを何と言うのかはわからないが、ずっとこうしていたいような心地良さというものをその時初めて覚えた。
「可愛いだろう?」
そう言う目の前の彼女の姿が、その時フワリとした柔らかさを持って視界に映った。今まで感じた事の無かった感情というものが、確かに自分の中に徐々に芽生え始めていた。陽の光の中で金色の髪は柔らかい光を放ち、風はその髪をフワリと持ち上げる。触れるととても柔らかくて温かそうで、腕の中の仔犬と同じ感触なのだろうかと思った。
手を触れた。
フワリとした感覚が、手のひらに伝わった。
柔らかで温かな温もりが、また不思議な気持ちを伴ってやってきた。
「アスラン…?」
少女は目を見開いている。
「カガリも『可愛い』のですね?」
そう言うと、一瞬カガリの頬は急に赤味を帯び、そして困惑したように俯いた。
「う………うん……」
フワリとした髪が、すぐ目の前にあった。小さくてスッポリと納まりそうなその体がそこにあった。仔犬を降ろすと、彼女を同じようにスッポリと腕に収めた。微かに身を捩って彼女がピクリと反応した。仔犬よりも大きなその体は、けれど腕が余るくらい小さなその体は、思ったよりもずっと柔らかで、そして温かだった。髪を撫でると甘い香りがして、フンワリと心地の良い気持ちが先程よりもずっと確かに感じられ、またずっとこうしていたいという、そんな言いようの無い初めて感じるこの感情を、一体何と言うのだろうかと訊ねようとした時、腕の中からカガリの声がした。
「ア…ア、アスラン!!」
そう言うと、ガバと体を引き剥がした。
「馬鹿、お、お前…」
真赤な顔で怒ったような表情をして、唇が微かに震えている。彼女にはあの心地良さがやって来なかったのだろうか、と不思議に思った。
「違っていましたか?」
「…へ?」
「『可愛い』と言うのは、ああするのでは無いのですか?」
「う……」
困惑の表情を浮かべて彼女は暫く考えると、
「ち、違っては、いない……けど……けど」
そう言うと、顔を赤くしたまま下を向いた。
「ほ、他の人には、したら、ダメだ」
「ではカガリには?」
その問いに、暫く下を向いたまま黙っていた彼女はやがて、
「…………だ、誰もいなかったら、………いい」
消え入るような声でそう答えた。





それが、彼女の始まりだったのに。




               。




<05.09.11>

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