棘が降る。
払っても払っても、それは体中に突き刺さり、やがて全身を蝕んで行く。
その痛みに嗚咽の声を上げながら、それでもそこを動けない。
しっかりと繋ぎとめられた鎖は、次第に彼の自由を奪って行く。
叫ぼうとしても声は出ず、ただ涙だけが流れ落ちる。

棘が降る。
払っても祓っても、また、棘が降る。


「アスラン」
闇の中から微かに響く声。
「アスラン…?」
再び呼ぶ声。瞬間、それは光の矢のように闇を切り裂いて、鎖を断ち切った。
降り注ぐ、光。
キラキラと揺らめく金糸のようなその髪が、アスランのすぐ目の前にあった。
「大丈夫か?だいぶ魘(うな)されてたぞ、お前…」
「カガリ…?」
窓から降り注ぐ逆光の眩しさに目を細めながら、アスランはようやく目が覚めた。
「寝てたのか…、いつの間に…」
カガリを執務室で待つ間につい眠ってしまったらしい。
「最近疲れてるんじゃないか?このところ休みもロクに取ってないんだろう?」
そう言われてアスランは黙った。
本当のところ、ずっと休みらしい休みは取っていない。
何かに追われるように、そしてまるで取り憑かれたかのように自分を何かに追い込んでいた。
時に危険を伴う任務を負う事すらあった。さすがにその時は、カガリを心配させてしまったが。
そうしている事によって、危うい均衡を保とうとでもしているかの自分に、アスランはある種の遣る瀬無さを感じていた。
何から追われているのか…?何に負われているのか…?
昔、「お前、危なっかしい」と言ったカガリの言葉が、ふと思い出された。
それは今でも変わっていないのだろうか。
「お前、やっぱり疲れてる」
自分の思考に沈みきっていたアスランは、カガリの言葉で我に返った。
「あ、いや。大丈夫…」
「…じゃ、ないだろ。明日、取れよ休み」
カガリは半ば強引に言う。それはもう、命令に近い。
「ああ…わかったよ」
そうまで言われては仕方無いと、アスランは渋々了承する。
するとカガリはニコリと笑って、
「明日は私も休みだ」
と言った。
「え?」
「実は急に予定が変更になって、休める事になった」
悪戯っ子のように琥珀色の瞳を輝かせてカガリは言った。
アスランもつられて笑う。
「そうか。なら、久しぶりにどこかへ行こうか」
「お前はダメだ」
「え?」
「疲れてるんだから、休め」
「いや、でもせっかく…」
「私がそっちに行く」
「え?」
「お前ン家に行く、と言ってるんだ」
そう言うと、カガリは少しはにかんで、そっぽを向いた。
実は、カガリはまだアスランの部屋に来た事が無い。
「どんな部屋かも見たいし、それに…」
アスランが黙っている間が不安になったのか、カガリは急に多弁になる。
「どんな生活をしているのか、その、色々と不足は無いのか、私には知っておく責任も義務もある事だし、ええと、その…」
恋人の部屋に行くのに、何故そんなに理由がいるのか…アスランはつい吹き出してしまった。
「な、何で笑う?!」
「いや、確かにそうだと思って…」
本当に、カガリといるとどうしてこんなにホッとするのだろう?アスランはつくづくそう思う。
木漏れ日のように優しくて暖かい、光。
まだ笑い終わらないアスランにカガリは膨れて言う。
「お前、笑いすぎ…」
「悪い、でも…」
アスランはカガリを見上げて微笑む。
「お陰で、取れたよ、…棘」
「へ?棘?」
「うん…棘」
何の事かわからないカガリは不思議そうな顔をする。
「ところで」
とアスランは、口調を変えて言う。
「明日はいつまでいられるんだ?夕方まで?夜まで?それとも…」
カガリの両の手を取りながら、
「朝まで?」
そう言うと、悪戯っ子のように微笑んだ。
「は……?」
カガリは自然と頬が上気していくのを止められず、アスランはまた吹き出した。

本当に、どうしてここはこんなに暖かいのだろう?
ずっとここにいたいと願ってしまうのは、……我侭だろうか……?


<2004.12.25>


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