咎カガリが熱を出した。 疲れと風邪から来る発熱、との医者の診断。 本人は「大した事は無い」と言ったが、大事を取って当分は静養するように、との事になり、その間の公務は他の首長達がそれぞれ代行する事になった。 そして、俺は。 そんな時に俺は、多忙を極めていた。 以前から決まっていた仕事を変更する事も出来ず(本当はカガリに同行する事になっていたのだが)、急を要してカガリの代行という形で取り合えずその仕事を引き受ける事になった。 そのせいで毎日が慌しく、見舞いにも行けない日々が続いていた。 その間メールで少し遣り取りはしていたが、やはり実際本人に会えないのはもどかしい。 電話をしたい衝動をやっとの事で抑える。 ゛眠っていたら悪い…゛ そして向こうからもかかっては来ない。 ゛仕事中だったら悪い…゛ 多分、そんなところだろう…。 (普通なら自分の配下の者にそんな気を使う必要は無いのだが…) そういう思い遣りが良いのか悪いのか。 でも、…それが多分俺達の不器用な゛愛情表現゛ってヤツなのかも知れない…。 ――声が聞きたい。 何とか仕事のケリがつき、今日はやっとカガリの元に行けそうだ、と思った時、携帯の着信音。 「…アスラン?」 それは5日振りに聞いた、彼女の声。 心の氷点がジワジワと溶け出して行くように、それは暖かく全身に広がって行く。 「…すまない、ずっと会いにも行けなくて…」 そう言うのが精一杯だった。 言いたい事は山程ある筈なのに。 しかし彼女は屈託の無い声で言う。 「こっちこそ、心配かけたな…私のせいでずっと色々忙しかったんだろう?」 もっと責めてもいい筈なのに。 いつも相手を先に思い遣ってしまう、彼女の良い所でもあり…そして…。 「今からちょうどそっちへ行こうと思ってたとこなんだ」 努めて平静な口調でそう言う。 ゛会いたい゛…そんな言葉は心の内に秘めたまま。 「……いや、それが……」 思わぬ予想外の反応に、不安の色が広がった。 まだ、そんなに具合が悪いんだろうか? 「……今、お前の部屋にいるんだ……」 言葉を、失った。 …俺の部屋で、彼女は待っていた。 「こんなところまで来て、体は大丈夫なのか?!」 まず第一声がそれだった。 そんな無茶をする彼女に対するこの何とも言えない感情は何だろうか? ……直視するのが恐かった。 「ああ、もう熱も下がったし、明日からは仕事に復帰の予定だ」 ケロリ、とそう言い放つ彼女の言葉に何故か多少の苛立たしさを憶える。 「でもよくこんな外出許可が下りたな」 そう言うと、彼女はペロリと舌を出す。 「…黙って抜けて来たからな。一応マーナに書置きはして来たけど…」 「…何だって?」 「今頃ちょっとヤバイかもな」 そう言って、君は楽しそうに笑う。 俺は渋い表情で、深い溜息を吐く。 全く、何て無茶を…。 ドクリ、と音がする。 ――駄目だ。 「お前…少しやつれたんじゃないのか?」 そう言って彼女が少し心配そうな顔をする。 バカな…やつれたのはカガリのほうだ。 顔だって、熱が下がったとは言え、まだ少し赤いじゃないか。 「俺なんかより、本当に大丈夫なのか?」 思わず、額に手を当てる。 そうしてしまってから……後悔した。 ヒヤリとした感覚が気持ちいいのか、彼女は目を閉じる。 また、どこかでドクリ、と音がする。 ――駄目だ、今日は…。 ゛もう5日も触れてはいないのに……?゛ 額に当てた手をそっと外す。 いや、引き剥がすその労力に、どれだけの精神力を必要としたか…判っているんだろうか? 否……判っていたら、そんな顔はしないだろう…。 「本当に大丈夫だ」 屈託の無い笑顔に、俺の心の音は止め様が無く広がって行く。 「そんなに心配するな」 ――これ以上は、駄目だ。 どこかで、声がする。 ゛ただでさえ、病み上がりの彼女を………?゛ 「アスラン……怒ってるの…か?」 このまま、ここにいたら、…俺…は…。 ――これ以上は、もう……。 今ならまだ、止められる。 今ならまだ、間に合う。 「送って行くよ」 そう言って立ち上がった俺に、彼女は 「ごめん……会いたかったんだ……」 ――それは、禁断の …… …… 一矢だった。 それから自分が何をしたのかはよく憶えていない。 憶えているのは、ただ――。 ただ……咎への鍵が外れる音と………真っ白な彼女の柔肌の色だけだった…。 <2005.02.06> →続編「咎 〜相克〜 」へ …設定に無理ありすぎ…… |