※必ず「咎」のほうを先に読んでから、こちらをお読み下さい。



咎 〜相克〜 







               本当は


                       知っていた…





               … それが  私の  罪 …







熱を出した。
医師は疲れと風邪からの発熱だと言った。
これくらいで仕事を休む訳にはいかないと、「大した事は無い」と言ったが、医師は「風邪ぐらいと甘くみてはいけません。当分は静養なさるように」と聞かなかったので、止むを得ず、休養を取る事になった。
その間の公務は他の首長達にそれぞれ委ねる事になったが、それについては心配する事は無いだろう。(むしろ、私よりしっかりこなしてくれる筈だから…)
ただ一つの気掛かりは、アスラン。…彼と同行する筈だった仕事だ。
先方との約束は恐らくはもう動かせないだろうから、彼が1人で行う事になるだろう。
彼の実力は疑わない。が、ただ、自分が一緒では無い事がどうしようもなくもどかし
かった。

「すまない…」

一言そう言うと、

「大丈夫だ」

彼はそう言った。

゛信頼している゛

声にこそ出さなかったその言葉。
でも、…言わなくても彼は知っている。
それが私達の゛繋がり゛なのだから…。



浅いまどろみの中で、また一日が過ぎて行く。
熱はだいぶ下がったものの、まだ混沌とした頭で考える。

゛……今、どうしてる……?゛

浮かんでくるのはその言葉ばかり。
時々メールで仕事の進行状況や結果を報告してくるが、直接の指示は代わりの人間がしているから、私が電話をする必要は無い。
無いのだが、ともすれば電話をしたい、という衝動に駆られて携帯に手が伸びそうになる。
だがそれは、「公」の自分としてではなく、…「私」の自分なのだ。
ただ、声が聞きたいが為に、それだけの為に……。
そうしたらもう、自分に歯止めが効かなくなって、我侭を言って困らせてしまうかも知れない。
そんな自分が恐くて、自信が無くて…。


        自分が何だか変だ。


゛今までこんなにしおらしい自分では無かった筈なのに…?゛


熱のせいでどうかしているんだ、私は。

    そう、思った。

…でも本当は……そうでは無い事を知っていた…。

知っていたのに……気付かない振りをしていた     






           それが 罪の 始まりだったのに。






ようやく熱も退き、起きられるようになった。

5日。
こんなに長い間アスランと離れていたのは、オーブに来てから恐らく初めてだったろう。
その間、声すら聞いてはいないのだ。
その5日間が私にとっては何倍にも長く感じられて、本当にアスランがこのオーブにいるのだろうか?と妙な錯覚さえ起しそうになった。


        確かめたい。


そう思ったら、…自分で考えても驚くような行動に出ていた。

家を抜け出して、アスランの部屋へ向かっていた。

マーナ宛に、「少し出掛けて来るが、すぐ戻る。心配しないで待っていてくれ」という旨の書置きだけ残して。
心配するな、というほうが無理な相談だな、と途中1人考えて苦笑した。

けれど、引き返そうとは思わなかった。

引き返せなかった。

        どうしてしまったのだろう…私は…?

まるで知らない人のように自分を感じた。



゛このまま私は どこへ行くのだろう…?゛



アスランの部屋の鍵を開けて中へ入る…当然部屋の主は、いない。
ただ、その人間の゛匂い゛だけが染み付いて離れないもののようにそこに存在していた。


「良かった…」


その確かな存在感に、思わず言葉が零れる。
部屋中の全てが、彼の存在を主張していた。

いつも彼が座っている場所に、独り、座る。
彼が脱ぎ捨てた上着がソファに掛かっていた。
手に取ると、…アスランの匂いがした。
我知らず、いつの間にか、ギュッとそれを抱きしめる。



    今まで張り詰めていたものが    切れた。



自分でも無意識のうちに、携帯を握っていた。


「…アスラン?」


5日振りに聞く、彼の声…。
        会いたい
そんな言葉が口を突いて出そうになる。
すると、まるで悟ったかのように彼は言う。

「…すまない、ずっと会いにも行けなくて…」

その言葉に泣きたくなるような感情を必死で抑えた。
それに、そんな声で言われると…こっちのほうが辛くなる…。
だって、それは…私のせいだ。

「こっちこそ、心配かけたな…私のせいで、ずっと色々忙しかったんだろう?」

そう言った。なるべく彼に心配させないように…いつもの私のように…。

お互いに言いたい事は山程ある筈なのに…言葉にならない。

すると、彼は思いもしない事を言った。

「今からちょうどそっちへ行こうと思ってたとこなんだ」

その一言で、我に返った。

        そうだ、ここは…。


゛私は一体、ここで、何を……?゛


一瞬迷った後に、私は答えた。

「……いや、それが……」

        もう

「……今、お前の部屋にいるんだ……」

        引き返せない…。






                … 知っていた のに …





「こんなところまで来て、体は大丈夫なのか?!」

部屋に入ってくるなり、彼はそう言った。
5日振りに会ったというのに、そんな再会だったので気が少し楽になる。
…本当は、彼の反応が恐かった。
    何をしに来たのだと問われる事が…恐かった。

「ああ、もう熱も下がったし、明日からは仕事に復帰の予定だ」

わざとケロッとしたようにそう言った。
でないと…心の均衡を保っていられなかった。

「でもよくこんな外出許可が下りたな」

一瞬、言葉に詰まった。

        もう、引き返せない…ここから…。

「…黙って抜けて来たからな。一応、マーナに書置きはして来たけど…」

ペロリと舌を出してそう言った。

「…何だって?」

とたんに、彼は険しい色を顔に浮かべる。

当たり前だ。こんな我侭な振る舞いをしたのだから……。

「今頃ちょっとヤバイかもな」

そう言ってクスクス笑う私を、彼は更に渋い表情で見て深い溜息を吐く。

彼はきっと怒っている。
愚かな私を…怒っている。

でもその怒りを私にぶつけようとはしない。

…せめて、怒りをぶつけてくれればいい。……こんな愚かな私に。

「お前…少しやつれたんじゃないのか?」

思わず、そう思ったのは本当で…私のせいで無理をさせてしまったんだろうなと思うと、心が痛んだ。

「俺なんかより、本当に大丈夫なのか?」

とたんに切り返され、心配そうな顔をして私の額に手を当てた。



        その時、私がどんなに泣きそうになったか……お前は知らない。



甘い眩暈に思わず目を閉じた。

その一瞬の沈黙が、長い長い時間に思われた後……彼の手は、離れていった。
ただ切なさだけを残して。



でも……本当は……知っていた。

彼の心の波打つ感情。
うねる苦悩と葛藤と。
そして……私への優しさと。


知っていたのに……知っていながら……。


「本当に大丈夫だ」

゛お前はズルイ…゛

「そんなに心配するな」

゛知っていて、そうやって知らない振りをする゛

「アスラン…怒ってるの…か?」

゛何もかも、わかっていて、そんなふうに笑う゛


        彼の苦しみを知っていながら…それでも…?゛




             …そうやって また ……罪を犯す…




「送って行くよ」

彼はそう言って立ち上がる。

その時私の罪が告げる。

        その一言が、彼を狂わせる゛



               … 知っていた のに …










「ごめん……会いたかったんだ……」











        それは、禁断の ……











       そして…私は

             罪を抱く

                  咎への鍵を

                       外した罪と

                            無垢な翼を

                                 手折った罪と





      ―  両手で 罪を 抱きしめよう ―




                  … それが 「恋」だと 言うのならば …





<2005.02.13>


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…挫折…「これ……誰?」そんなツッコミは、どうかご勘弁を…(T_T)
「こんなのカガリじゃない!」というお方も、申し訳ありません…(汗)