サンクチュアリ







雨が窓を叩く音にカガリは目が覚めた。
あれからどのくらいの時間が経ったのだろう…。
部屋の中は薄暗く、全てのものはまるで海の中のように滲んで見えた。
…そして隣にアスランがいない。
ベッドから身を起すと、カガリはふと人の気配を感じて窓際を振り返った。

アスランが壁にもたれて座っていた。

「アスラン…?」

カガリが呼ぶと、初めて気が付いたようにこっちを見た。
ただ、黙って静かに見ていた。
薄暗くなりかけた日の光と、窓を叩く雨の影が、アスランの顔に交互に光と影を落していた。まるで心の波をくっきりと映し出すかのようなその陰影に、カガリは思わず胸を打ち付けられるような痛みを覚える。

「アスラン…?」

もう一度、そっと呼ぶ。

「…雨だ」

アスランはそれだけ言うと、また黙って窓の雨だれを見た。
静かな時が流れて行く。
微かに残る気だるい空気が、雨と共に地面に染み込んで行くような錯覚をカガリは覚えた。
全て、雨と共に流されてしまうのだろうか……?

――嫌だ。

カガリはそう思った。
何一つ、失っていいものなど、無い。
全ては自分の「聖域」。
アスランのいる空間の…全て。

「……帰る?」

アスランが静かにカガリを見た。
その表情の痛々しさに、カガリは目を閉じる。
そんな顔をさせる為に来た訳じゃない…。

「……カガリ?」

アスランは首を傾げる。

カガリは黙って、右手をアスランに差し延べた。

「………」

アスランは黙って見ていた。
雨だれの影が頬を伝って行くのがまるで涙の跡のようにカガリには見えた。
静かに目を閉じた後、アスランは立ち上がり、そして壁に寄りかかる。

「そこへ行っていいの?」

「……ここはお前の場所だろう…?」

「また…何をするかわからなくても…?」

「………お前なら…いい」

暫く静寂の中に雨音だけが響いた後、アスランがゆっくりと歩き出す。
カガリは両手を差し延べる。
白い翼にくるまれるように、アスランはカガリの両手に堕ちて行く。
そこは2人だけの聖域――。
流れる汗も涙も雨さえも、全てが愛おしい。
カガリは途切れそうになる意識の中で空を掴むように手を延ばす。
「…ここにいる」
その手を掴んで唇に押し当ててから、一本一本確かめるように指を絡めて行く。
両手を絡めて離れないようにベッドに強く押し付ける。
無言の蒸せるような空気と時間が流れ落ちて行き、暗くなった部屋に篭る切なげな吐息は、雨音に混じって昇華されて行く。

ただ、カガリが最後に呼んだ、

「ア…スラ…ン……」

その名前だけは雨音にも消せずにずっとアスランの耳に残っていた。


<2005.02.19>


一応続き…なのか?「朝のおめざ」へ

サンクチュアリ=「聖域」の意。
前の2つの話の続きで、これで3部作(?)終了です。一体何が言いたかったのでしょう…?
…もうほとんどアスカガでなくなってるし…(18じゃないってよこれ…)