軟 禁







「マズイなあ…」
カガリは溜息を吐いた。
゛何゛がマズイのか…というと、昨日から体のだるさを覚えていたのが、予感が的中して、今朝体の変調をみた。
つまり、招かれざる゛客゛がやって来てしまったのだ。
しかも、今日…アスランの部屋へ行く日に。

アスランの部屋へ向かうカガリの足取りは心なしかいつもより、重い。
「絶対…誤魔化し切れないよなあ…」
手には買い込んだ食料や日用品が入った袋を抱えている。
「その、何て言ったら…いいんだ?」
そんな事がグルグルと頭を巡りつつ、そのうちにアスランの部屋の前に着いてしまう。
カガリはまた溜息を吐く。

ポケットから鍵を取り出して鍵穴に差し入れ、軽く回すとカチャリ、と錠の外れる音。
こんな行為ももう何度目か、とカガリは思う。
すっかり普通の、日常的行為になりつつある。
が実は、この鍵の音が響く瞬間に、まだ少し緊張する自分をカガリは感じていた。
この後の、ドアが閉じられる瞬間に自分は完全に逃げ場を失ってしまうのだ、と…。

アスランはリビングのソファに座って眠っていた。
手の中には何だか難しそうな本があり、読んでいるうちに眠ってしまったらしい。
カガリは少しホッとする。
ホッとしてから、そんな自分に苦笑い。
自分は一体、ここに何をしに来てるのだろう…?と。
キッチンの台の上に抱えてきた袋を置き、中身を取り出してそれを冷蔵庫や棚に入れる。
そして仕舞い終わると、カガリはそっとアスランに近付いた。
ポカポカとした陽気が気持ちいいのか、スースーとよく眠っている。
隣に座り、アスランの顔を覗き込むと、意外に長い青藍色の睫が閉じた瞼を縁取っていた。
「こんなに長い睫だったっけ…?」
そう言えば、こんなにじっくりと見た事が無かったような気がして、改めて気付いた事に何だか不思議な気持ちになった。
そして、再びまた立ち上がろうとした時、突然体が後方に傾いた。
「いつ来たんだ?」
アスランがカガリの腕を掴んでいた。
「ああ、今さっき…よく寝てたから…」
「起してくれれば良かったのに」
アスランはそう言うとまだ少し眠たげに目を瞬かせながら、カガリの腕を引っ張って自分の範疇に引き入れようとする。
「アスラン、その、まずお茶を淹れよう!」
とカガリは立ち上がリかける。
「そんなの後でいい」
とアスランは強引に腕を引っ張る。
「でも、でも折角買って来たんだから、な?」
とカガリはまるで子供をあやすように言うと、アスランの腕を振り払ってキッチンに向かう。
そして、ケトルを火にかけ、ティーポットやカップを並べながら
「マズイなあ」
と独りゴチる。
と、その時背後に人の気配―。
「買って来たって、何?」
カガリはドキリとする。
アスランの両腕が自分の体を囲うように、キッチンの台に両手をついている。
「ア、アールグレイだけど、お前、嫌いじゃなかったよな?」
カガリは努めて平静を装おうとする。
「ああ、好きだけど」
しかしその声は、後方のカガリの金糸の中から聞こえてくる。
「あ、あの、アスラン…」
既にカガリの両手首はアスランの手中にあり、自由が利かない。
「ちょ、ちょっと待て!…あの、アスラン、き、今日は…!」
カガりは必死で抵抗する。
「うん?」
カガリの髪から首筋に移行しようとしていたアスランの唇が生返事をする。
「今日は、その、゛ダメ゛なんだよ!!」
カガリのその一言に、ピタリ、とアスランの全ての行為が停止した。
「ご、ごめん…。その、今朝から…」
カガリは気まずそうに告白する。
暫くの沈黙と静止の後、アスランの体がふいっとカガリから離れた。
「……わかった」
その一言に、カガリはホッと胸を撫で下ろすと共に、少々の罪悪感を感じ、アスランのほうに振り向いた。

――と。
鼻先、数センチのところに、アスランのしたり顔…。
「――とでも、言うと思った?」
「はぁ?」
ニヤリ、と笑うが早いか、カガリを赤ちゃん抱っこで抱え上げ、キッチンからスタスタと連れ出す。
「ちょ、ちょっと待――!!アスラン、だ、だからっ!」
カガリの悲壮な声が響く。
「お前、何考えてるんだ!バカァ――ッ!」
必死でバタバタ暴れていると、ドサリ、と急に視界が低くなった。
「ウ、ソ」
「は……?」
気付くと、アスランに抱っこ状態のまま、リビングのソファに座っている。
「冗談」
アスランはニッコリ、と笑う。
「お、お前…」
カガリはフルフルと込み上げる怒りと泪目で、次第に顔が紅くなる。
すると、アスランはカガリの耳元で、
「カガリの゛体調゛の事ぐらい、だいたいわかってるから」
と囁いた。
「バ…バカ、そんなの、判らなくていい――!!!」
カガリは真赤になって叫ぶ。
そんなカガリを尻目に、
「ところで」
とアスランはニヤリと笑う。
「今日、゛何゛がダメなんだって…?」
「え……?」
カガリは明らかに面白がっているアスランを軽く睨むと、
「そんな事言うなら、もう来ないぞ」
と最後通告。本気で怒り始めている。
これ以上はマズイ、と思ったアスランは、カガリに顔を近づけて、
「じゃあ…ちょっとくらいは、いい?」
と、甘えるように言った。
こんな間近で迫られては、カガリの固い意志もグラグラと揺さぶられる。
「う……」
仕方がなく、カガリは答える。
「ちょ、ちょっとだけ、だぞ。ホントに」
そう言って念を押す。
そうして、アスランの唇がカガリに落ちようとした寸前に、キッチンで突然甲高い鳴き声――。
「あ、ケトル…」
離れようとするカガリを許さず、アスランが捕まえる。
「自動消火装置が働くさ」
そう言ってアスランはカガリをソファの奥深くに沈めると、そこに軟禁するかのように閉じ込めた。


<2005.01.16>


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