約 束U







クリスマス・イヴ。
やはりその日は2人にとっても特別だったので、アスランの部屋で過ごす事になっていた。
カガリの宮殿だとあまりにも人目を憚るし、大きくて立派な部屋よりもむしろ、2人分のスペースさえあれば、彼らにはそれで十分だった。
ところがその日、閣議が入った。
後日開かれる予定だったものが、ある首長の都合で前倒しになってしまった。
「遅くなるかもしれないが、何時になっても絶対に行くから。」
前日、カガリはそう言った。

イヴだというのに、朝から生憎の曇り空。
アスランは早めに仕事を切り上げて、夕刻街へ出た。
溢れるクリスマス・イルミネーション、楽しそうな笑顔で行き交う人々…平和な光景がそこにはあった。
この幸せな光景が束の間では無い事を、アスランは祈らずにはいられない。
ふと、花屋が目に留まった。
あまりにも殺風景な自分の部屋を思い浮かべ、赤いポインセチアを買ってみた。
    らしくない事をする、とカガリが笑うだろうな
アスランは内心苦笑する。
どこからか、賛美歌が聞こえてきた。
街角にある教会から聞こえてくるらしい。
近付くと、教会の窓には大きなステンドグラスがあり、その絵のひとつにアスランの目が留まった。
金色の髪の天使。
「…随分乱暴な天使だけど…。」
誰かを連想して、アスランは思わず笑った。

案の定閣議は長引いているらしく、8時になってもカガリは来なかった。
決議しなければいけない議題は山積みのはずだが、それに黙ってサインをするような彼女ではない。
半ば担ぎ上げられた代表の座とはいえ、彼女なりに父から受け継いだ遺志を必死に遂行しようとしている。
それが他の首長達と時に激しくぶつかり合う事が、懸念されるところではあったのだが…。
さぞや、今日も宰相や首長達と揉めている事だろう…とアスランは思った。
窓ガラスを叩く雨粒の音がして、始めて雨が降り出した事にアスランは気付いた。
「カガリが濡れなければいいけど…。」
窓際のポインセチアを見ながらアスランはそう思った。

ドアチャイムの音でアスランは目が覚めた。
束の間、うたた寝をしていたらしい。
再びチャイムの音。
「お…そくなって…すま…ない。」
カガリは肩で大きく息をつき、途切れ途切れにそう言った。
「やっと…終って、車…で途中まで…来たん…だけど、酷い渋滞…で…。」
そういうと、少し息をつき
「車…降りて、走って…そしたら…途中から雨になって…。」
そういうカガリの髪と服の裾からはぐっしょりと雫が滴る。
「走って来たって…その格好で…?」
「だって着替える間も無かったんだから、しょうが無いだろ。」
とふくれるカガリはまだ首長服姿だった。
そんな格好で街中を走って来たのなら、さぞや目立ったに違いない…とアスランは苦笑した。
そしてまだ少し膨れっ面のカガリに
「お帰り、カガリ。」
とアスランはそっと抱きしめた。
「アスラン、冷たい…。」
とカガリ。
「え?ああ…。」
何が冷たいのかと思ったら、態度ではなく、そう言えばぐっしょり濡れ鼠だった事を思い出す。
「シャワー、借りるぞ。」
アスランの腕から抜け、シャワールームに向かうカガリ。
そのカガリに声を掛ける。
「手伝おうか?」
「バーカ。」
そう言ってカガリは小さな包みをアスランに投げた。
「クリスマス・プレゼント。無くすなよ。お揃い、なんだから。」
少し照れたように言うと、ピシャッとドアを閉めた。
包みの中には、青い石のついた細い銀細工のストラップ。
アスランは微笑んだ。
そして、服のポケットから小さな箱を取り出す。
しばらく箱を眺めていたが、カガリが出てきたらこう言おう、と思った。
「無くすなよ。お揃い、なんだから。」
そうして、彼女の左手を取り、雪のように白い薬指にその細い銀のリングをはめるのだ。
強くなった雨音にも気付かず、赤いポインセチアを見ながらアスランはそう思った。


<2004.12.11>