旋 風 -つむじかぜ-







「今から閣議なんだろう?」
そう言うアスランの声に、窓を開けて風に当たっていたカガリが振り返ると、自分に背を向けた姿でソファに座り、分厚い書類に目を通しているアスランの姿が瞳に映った。
一心不乱に書類と向かい合っている。何かに集中すると、いつもこうだ。
カガリはそんなアスランの背中を見て、微かに目を細める。
「ああ。」
そう答えると、カガリはゆっくりと、重い色の上着に袖を通し始めた。
と、途端に、まるで鈍色の重石が付いたかのような空気がズッシリと、カガリの両肩に喰い込む。
「遅れるぞ。」
アスランが向こうを向いたまま促す。
「わかってる。」
そう答えてカガリが窓を閉めようとしたその時、ついっと一陣の風が部屋に迷い込み、それはアスランの手元にあった書類をいくつか奪うと、まるで舞うかのようにフワリフワリと空中を漂って、カガリの足元にヒラリ、と舞い落ちた。
「あ、悪い。」
アスランは尚も書類から目を離さずに、右手だけをカガリのほうへと差し出すとそう言った。
その様子を見てカガリは、足元の数枚を拾い上げると、アスランに近付いた。
ある企みを孕んで      

「アスラン。」
差し出した手に、書類の手応えを感じて、アスランは振り返る。
「ああ…。」

ハラリ、と揺れる金糸がアスランの頬にかかった。
思わぬ程間近にある息遣い、そしてその小さな紅い蕾が翡翠色の瞳に映った瞬間に、その印は唐突にも自らの意志でアスランの唇に委ねられた。

                            え?

それは余りにも突然に、そして思わぬ方向からやってきて、アスランの思考を完全に停止させた。
手にあった書類がバサバサと、音をたてて床に落下して行く。
髪からか、それとも他の場所からか、仄かに甘い香りが立ちのぼる。
その香りにクラリとした瞬間、漸く我に返ったアスランの手が捕えるより早く、カガリはヒラリと蝶のように身を翻すと、戸口に向かって歩き出す。
そして、振り返ると、
「行ってくる。」
と鮮やかな笑みを残して立ち去ろうとしたが、ふと振り返り、
「拾えよ、それ。」
と笑って、散乱したアスランの足元を見た。

カガリが去った後、独り取り残されたアスランはしばらく黙ってドアを見つめていたが、やがて散らばった床にゆっくりと視線を移す。
「……参ったな。」
そう呟いて手を伸ばしかけたが、目は空ろに紙の上を彷徨うばかりで定まらず、結局その手はアスランの額へと移って青藍色の髪を無意識に掻き上げる。
「……参ったな。」
かすれた声でまた呟くと、まるで動揺した心を鎮めるかのように、一つ大きく息をついてそのままソファに倒れこんだ。
        参った。」

悪戯な旋風は鮮烈に吹き抜けて、まだ仄かに甘い香りを残しつつアスランをそこに拘束する。
カガリが閉め忘れた窓からは、また微かに風が入り込み、アスランの足元でカサカサと音を鳴らしたが、しかしそれはアスランの耳には届いていなかった。


<2005.01.10>