翼カガリの屋敷の庭に、傷ついた野鳩が落ちていたのは数日前の事だった。 「まだ生きてる。」 とカガリは獣医の元へ連れて行き、手当ての甲斐合って命は取り留めた。 大型の鳥か動物に襲われたのか、その胸にはザックリと抉られたような傷があった。 しかし、羽に異常がないのが不幸中の幸いだった。 アスランも獣医の元に同行したのだが、助かったと聞いて 「良かったな。」 とカガリに言った。 「うん。」 カガリは嬉しそうに被りを振った。 傷が癒えるまで獣医の元に預ける事にしたが、カガリは時々そっと見に行っては 「早く元気になるといいな、お前。」 と話し掛ける。 別に何の責任も無いのだが、放っておけないところがカガリらしい、とアスランは思う。 「名前を付けたら情が湧くから」と言って、いつも「お前」と呼ぶ。 が、カガリの「お前」は、いつも充分情に満ちていて、結局同じではないか…とアスランは内心可笑しかった。 でもそんなところもまた、「カガリらしい」と思う。 当の本人は、そんな事には全く無頓着なのだが…。 数週間後、獣医から「もう放しても大丈夫です」との報告があった。 カガリは 「今度の休みに、2人で空へ返しに行こう。」 とアスランに言った。 アスランは「2人で」と言ったその言葉に少し甘美な響きを感じながら、勿論承諾する。 「特別な事」だから、敢えて自分と一緒に行きたい…と言われたような気がして、アスランは心がほっこりと暖かくなるのを感じた。 「どの辺りがいいんだろう?」 2人は当日、アスランの車で山手のほうへやって来た。 どうせなら、自然の多い場所のほうがいい、と2人で話し合った結果だった。 野鳩は鳥篭の中で大人しく眠っている。 「お前、この状態で寝てられるなんて大物だなあ。これだったらきっと、どこででも生きていけるぞ。」 カガリはさっきから妙な関心をしている。 本当は可愛くて仕方が無いのだろう。 膝に乗せた籠をしっかりと抱いて、別れる淋しさを紛らわすかのように、さっきから喋り続けている。 やがて車は緑深い森の端で止まり、2人は降りた。 「着いたぞ。お前の新しい、生きる場所。」 その言葉にアスランは少しドキリとする。何故かは自分でもわからない。 カガリは少し歩いて、鳥篭を開け、野鳩を両手でそっと掴んだ。 そして、 「お前、生きろよ。どんな事があっても、きっとここで生きて行くんだぞ。」 そう言って、そっと頬を寄せた。 そして、両手を空に向かって放り投げた。 「翔べ!」 野鳩は両の翼をしっかりと羽ばたかせ、青い空へ向かって飛んで行く。 「飛んだな。」 とアスランが言うと 「ああ、飛んだ。」 とカガリが答える。次第に小さくなって行く点を見つめたまま、カガリはふとアスランに問う。 「なあ、アスラン…。」 「ん?」 「人は、痛みを何に変えるんだろう…?」 「え…?」 「人は、痛みを、憎しみを、そして哀しみを、何に変えて行けばいいのだろう…。」 あまりに唐突な、そしてあまりに深いその問に、アスランは急に答える事が出来なかった。 「カガリ、わからないよ…。それはまだ俺にも。」 アスランは俯いてそう答える。 それは、各々の心の問題。どのようにそれを背負っていくのか、どうやって、何と、誰と、共有して行くのか。 何に代えて行けばいい…その言葉は、アスランの心にしっかりと痕を残す。 「でも、あいつは。」 そう言うと、カガリはアスランに微笑みかけた。 「あいつは痛みを、明日へ羽ばたく力と勇気に変えたんだな。」 そう言ってもう一度空を仰いだが、もうその姿は見えなかった。 そして、 「帰ろう、アスラン。」 カガリはそう言ってアスランの腕を取る。 「腹が減ったから何か食べさせろ。」 先程までの真摯な眼差しとは打って変わって、子供のように言うカガリ。 「あー、はいはい、わかりました。」 アスランも調子を合わせて答える。全く、敵わない…そう思いながら。 「ただし、お前の驕り。」 「…はいはい。」 「はい、は一回だけでいい。」 「…はい。」 こんな遣り取りを交わしている間が一番幸せなのだ。 彼らの背後にある辛い過去も未来も、今はただひっそりとたたずんで、想い合う恋人達に束の間の休息を与える。 それは、まるで鳥が翼を休めるかのように。 <2004.12.26> |