天 敵







「これはどうだ?」
と、アスランが手に持っているそのドレスは、今流行りの襟と胸元にふわりと緩いフリルの付いた、カガリが最も苦手とするデザインのものだった。
ヒラヒラする飾りが付いたものは嫌だといつも言っているのに、マーナが
「流行に敏感である事も、また国家元首たる勤めです。」
と、わけのわからない、半ば強引とも思える理由をつけて、先日作ったものだった。
いつもシンプル過ぎる程飾り気の無いドレスばかり選ぼうとするカガリに、せっかくの女性らしい甘さを引き出すような、そんなドレスを一度でいいから着せてみたい、という親心にも似た心境だったのかも知れない。
出来るだけ飾りは抑えて、上品なデザインに仕上がってはいるものの、カガリにとって「ドレス」というだけで苦手意識が先行してしまうだけに、そこに「フリル」なんておまけが付こうものなら、それはもう既に「天敵」に等しい存在と言っても過言ではなかった。
そして、ウォークインクローゼットから、まさしくその「天敵」を持って現れたアスランを見て、カガリはクラクラと眩暈さえ覚えた。

       だいたい、何で、お前がドレスなんか選んでる?そんなの護衛の範疇じゃないだろう!しかも、あのドレス、だ…!

と、カガリはそんなアスランの行動を腹立たしく思いながら、心の中で叫ぶ。
プライベート上は恋人である「アスラン・ザラ」がドレスを選ぶならまだしも、今はまだ公務中。護衛である「アレックス・ディノ」が、何故そんな事をしているのかと、カガリは妙なところで拘る。いや、「アスラン」のほうがあのドレスを選んだとしても、決して受け入れはしないだろうが。
今日は夜に一国の要人を招いての歓迎の席があり、カガリは当然代表首長としてのその勤めを果たさねばならない。
そして、夕刻になって、いきなりアスランがカガリをアスハ家に連れ戻し、こういう事態になっているわけだ。
「この服でいい。」
と、カガリはそんなアスランに憮然とした口調で言う。
この服、とは、いつもの首長服だ。
「大事な席だぞ。国家主席がそんな普段着で出るのか?」
と、アスランは少し呆れた口調で言う。
「そんな」という言葉に、カチン、ときたカガリは、
「いいんだよ、これで。私はこの服が好きだし、誇りだって持っている!」
と、完全に旋毛を曲げてしまった。
カガリがその服に誇りを持っているというのは、父の存在やかつてのアスハの頭首達の事を指しているのかもしれないが、アスランは別にそれを否定したつもりも無ければ、軽んじたわけでも無い。ただ、やはりその席に相応しい装いというものがあるのだ、という事が言いたかっただけなのだ。
アスランは深い溜息を吐く。
そして、脳内の分類ファイルの中の「カガリ」カテゴリーの中にある「頑固」という文字に、二重線でアンダーラインを引く。
「なら、お前が着ればいいだろう?」
と、イライラが頂点に達したのか、カガリはふいに思わぬ事を口にする。
勿論、本気で言ったわけではなく、ちょっと相手を困らせてみたい時に使う、あの常套手段として。
しかし、アスランがその言葉を受けて、じっと手の中の「天敵の如きドレス」を見つめていたかと思うと、やがて、思いもよらない行動をとり始めた。
「……え?」
その行動に、カガリは始めポカンと口を開いて見ていたが、やがて、事の次第がわかり始めると、ギョッとした表情をその顔に浮かべて、アスランに恐る恐る問いかける。
「あの……アスラン…?な、何やってるんだ…?」
今までとは違う、感情の無い声で、アスランの返事が返される。
「見ればおわかりの筈ですが?」
「は……?」
カガリは、目を瞬いてアスランを見る。
「いや、だから……………………その、何で、服を脱いでるんだ……?」
その言葉を聞いたアスランは、カガリのほうに一瞬向き直ると、既に脱いだ上着をソファに放り投げながら、
「ご命令に従っているまでですが?」
と、今度はシャツのファスナーに手をかけて下ろし始める。
「い、いや、ちょっと待て、アスラン、あれは……。」
「あれは、何です?」
「いや、その……。」
完全に形成は逆転。
アスランは無表情のまま、どんどん服を脱いで行く。
シャツを脱ぎ捨てて乱暴にソファに放り投げる。そして、今度はアンダーシャツに手をかけて、一気にたくし上げる。
話し方がこんなふうにいちいち丁寧になる時は、いつもアスランが心底怒っている時、だ。
それも、危険信号はかなり赤に近い。
「あ、あれは言葉の゛綾゛だ。」
懇願するように言うカガリの言葉に、アスランは脱いだばかりのアンダーシャツを手に持ったまま、また無表情に言う。
「゛綾゛ですか?」
「う、うん…。」
「では。」
と、アスランは言う。
「私が先程申し上げた事も、゛綾゛ですね?」
「は…?」
何だかよく意味がかわらないまま、取り合えず、カガリは
「う、うん。」
と返事をしてしまう。
すると、アスランは、
「では、着ていただけますね?」
と有無を言わせぬ、強引とも言えるその口調。
「へ?」
この議論の、一体どこが成立するのか、そして本当に成立しているのか、なんだかよくわからないままに、カガリは「天敵」を着る事を承諾させられてしまった。
「着ればいいんだろ。」
と不承不承にドレスを持つ膨れっ面のカガリ。
「じゃ、着替えるから出て行けよ。」
とふとアスランのほうを振り返ると、何やら妙な視線。
そして、まだ脱ぎ捨てられた状態の服が、ソファに散らばっているのが目に入る。
「え……?」
何だか嫌な予感がして、カガリは恐る恐るアスランを見る。
「着替え、手伝うよ。」
と予想したとおりのセリフと、不敵な微笑を湛えたアスランの表情に、カガリは追い詰められた獲物の如く、身構える。
「い、いい、自分でやる!!」
後ずさりながら、必死に訴える。
「いいって、アスラン、だから、ちょっと待てっ!!」
その後のカガリの言葉は空しく消えていき、「天敵の如きドレス」がソファに放り投げられる。
………いや、本当の「天敵」は。
カガリが身を以って知るところとなったようで……。



後日談。
「アスラン様のお陰ですわ。」
とマーナは顔を綻ばせながら話している。
「私がどう言っても聞いて下さらなかったのに、アスラン様が説得して下すったお陰で、あのドレスをお嬢様が来て下さるなんて。」
と嬉しそうに微笑む。
「いえ…。」
と微笑みを返すアスラン。
説得するだけでなく、脱がして、着せるのもまた手伝った、なんて事は、口が裂けてもマーナの前では言えないけれど……。


<2005.05.05>



意味不明な話ですみません。…何故こんな展開に…。始めは普通の話だった…はず…