願「アスランは?」 「あ、先程何か用があると出掛けられましたが…。」 「ああ、…そうか。」 部屋に書類を持ってきた男にそう言うと、カガリは窓の外を見た。 自分に黙って出掛けるなんて珍しい。 大抵は自分の側にいるか、他の仕事以外の時は断わって出る。 それが当たり前のようになっていたので、こういう事があるとカガリは少し不安になる。 アスランの事は大抵わかっているつもりだったが、最近は少しの事でも不安定になる自分をカガリは持て余していた。 それを「恋うる」と言うのだが、カガリはまだ自覚していない。 昼過ぎになってアスランは帰ってきた。 「何処、行ってたんだ?」 お帰りとも言わず、カガリは言う。 「ちょっと書類を届けに…って言ってなかった?」 「聞いてない。」 「ああ、すまない。」 そう言うと、アスランはさっさと部屋を出て行く。 そんなアスランの後姿を不満げにカガリは見送った。 「代表。」 「へっ?」 カガリは目の前の書類に気付く。 「あの、サインを…。」 「ああ、す、すまない。」 やはり恋とは盲目らしい。が、17才の少女には過酷過ぎる天秤だった。 さっきのやり取りが何だか上手くかわされたような気がして、カガリは気になってしょうがない。 別にどうこう詮索する気はないが、かと言って気にならないと言えば嘘だ。 それどころか益々気にかかる。カガリはそんな自分が嫌だった。 が、これ以上アスランに尋ねるのも何だかそんな自分を見せる様で嫌だし、そんな事で悶々とする自分も嫌いだ。 「ああ、もうっ何なんだよっ!」 と口に出してしまってから、気付いた。 会議中の全員が驚いて一斉にこちらを見ていた。 散々な1日が終わり、カガリは疲れきって代表室のソファに座っていた。 そこへ、原因の相手が入ってきた。 「今日はもういいんだろう?」 カガリは横目でチラリ、とアスランを見ただけで言った。 「ああ。」 いつもと様子が違うカガリに気付き、アスランは 「何だか今日はご機嫌が悪いんだな。」 と苦笑した。 それはお前が原因じゃないか、と心中で思ったがカガリは黙っている。 と、アスランが 「ちょっと今から一緒に来てほしいところがあるんだけど。」 と言った。 「え?」 怪訝な顔をするカガリに、アスランはニコリと笑った。 「えっ?来て欲しいところって…ここ?」 日も落ち、真っ暗な中、街を見下ろす高台の小さな公園のような場所で、アスランはカガリを車から降ろした。 「そう。」 そう言って、アスランはカガリの手を取り、歩き始める。 「何だよ、一体?」 訳がわからず、カガリは不安げに尋ねる。 「いいから、こっち。」 そう言ってアスランは歩き続ける。 やがて、公園の端、海を見下ろせる場所に出た。 吸い込まれそうに一面の真っ暗な海と、無数の小さな光が散りばめられた宇宙(そら)が、目の前に広がっていた。 「うわ…。」 カガリは驚いた。 「こんな場所があったなんて…。」 この国に住んでいながら、まだ知らない場所があったのかと驚いた。 「いや、まだこれから始まるんだけど…。」 そう言ってアスランは宇宙を指差した。 と、スーッと一筋の光が流れた。 「あ、流れ星?」 続けて、二筋、三筋と続けて光の矢が飛んだ。 「うわ、凄い…!」 「しし座流星群。」 「え?」 「…て言うんだって。」 とアスランが言った。 「凄いよな。こんなの見てたら、人間なんてちっぽけな存在だって思えてくる…。」 「………。」 その間にも、光の矢が2人を掠めて次々と飛び去ってゆく。 「まるで光の矢が降ってくるみたいだな。」 とカガリが言った。 心が凛、と静かになり、今日のもやもやとした自分がなんだかバカみたいだ、と思った。 「実は今日ちょっと、下見に…。」 とアスランはチラリとカガリを見て 「用のついでに、寄ってみた。前からカガリに教えようと思ってたんだけど、ここ。」 「え?」 「いい場所、だろ。」 「……うん。」 ああそうだったのかと、カガリは思い当たった。もやもやの塊が一変に氷解した。 そして、そんなふうにすぐ表情に出してしまうカガリに、アスランは苦笑した。しかしカガリ自身は全く気付いていない。 「地球では、流れ星に願を掛けると願い事が叶うって言うんだ…アスランは何を願う?」 「そうだな……。」 アスランは言った。 「この世から早く争いが無くなりますように…って。」 「私も同じだ。」 そう言ってカガリは微笑む。 「みんなが幸せに暮らせるよう、そう願う。」 そして、宇宙を見上げて飛び去ってゆく矢に願を掛ける。 ―願わくば、この少女をお守り下さい― 願の欠片は刹那の命を燃やして海の彼方へと消えて行く。 二つの影は寄り添って、いつまでも宇宙を見上げていた。 <2004.11.27> |