眩暈







突然のスコールに、成す術も無く濡れていく二人。
髪からは珠の雫が次々と、生まれては零れ落ちていく。
アスランが上着をカガリに着せ掛けたけれど、それでも容赦無いくらいにたっぷりと、自然の恵みは二人の頭上から降り注ぐ。
急いで車に戻り、ぐっしょりと濡れた衣服の気持ちの悪さを我慢しながら官邸へと急ぐ。
短時間に勢いよく降った雨は、やがて何事も無かったかのようにカラリと上がり、東のほうの空にくっきりと、まるで絵に描いたような見事な虹を映し出す。
「ついてないな。あんな時に現場の視察だなんて。」
前方の虹のゲートを見上げながら、カガリはそう言って笑う。
その顔や髪からは湿った甘い香りが立ち上り、狭い車の中はたちまちにその香りで一杯になるように思われて、アスランは思わず握ったハンドルをギュッと握りなおす。
そんな自分も上から下までほどよく濡れていて、ベッタリと、額に髪が貼り付く。
その時ふと、細い指が額に降り掛かかり、アスランはギョッとして、思わずハンドルを切り損ねそうになる。
「随分と濡れちゃったな。」
そう言って、カガリがアスランの額に貼り付いた髪をゆっくりとほどいていく。
「…ああ。」
それだけ言うと、アスランは黙り込む。
カガリの、そんな屈託の無い仕草の一つ一つに悲しすぎる程に敏感に反応する自分を、アスランは愚かだろうかと思う。
が、当のカガリはそんな事には露とも気付いてはいない。
それが救いでもあり、また、救われないともアスランは思う。
そんな自分のもやもやとした得体の知れない想いを、どこに吐き出せばいいのか。
いつまで持ち続ければいいのか。
ふと、雲間から覗いた陽の光の眩しさに、アスランは目が眩みそうになる。


官邸に車が辿り着くと、取り敢えず二人は首長室へと向かう。
途中、着替えを持って来るように秘書の一人に言いつけて、アスランはバスタオルを持って来た。
自分は大丈夫だが、カガリの場合は早く濡れた体を拭いてやらねばならない。
「ほら、カガリ。」
そう言って、アスランがバスタオルを掛けてやろうとしたその時、
「うわっ、気持ち悪い。」
そう言って、カガリが上着を脱いだ。
上着の下の、真っ白なシャツ。
濡れた上着から染み透った雨は、白いシャツまでしっとりと湿らせて、それを半透明の薄い衣のような膜へと変えていた。
思わず、アスランはハッとする。
くっきりと、シャツに浮き出た滑らかな、線。
それがあまりにも艶かしく、アスランは急いでバスタオルをカガリの頭からひっ被せて、ゴシゴシと髪を拭くように掻きまわす。
「ちょっ…痛いって!」
「ああ、悪い。」
思わず、力が入りすぎて、カガリが悲鳴を上げる。
ズボッとバスタオルから顔を出したカガリが、
「お前も、ほら。」
そう言って、アスランの髪を拭こうと手を伸ばす。
途端に、カガリの体を覆っていたバスタオルがはだけて、またシャツが顕になる。
「いい、自分でやる。」
アスランはカガリの手を振り払い、一刻も早くそこから逃れようとする。
そんなアスランの態度にムッとしたカガリが、無理矢理にアスランの体を捕まえて、自分の手にあったバスタオルを頭からバッサリと被せると、勢い良くゴシゴシと動かし始める。
「ダメだ、いくらお前でも。」
そう言って、ひとしきり両手を動かしているうちに、バスタオルの端がめくれて、アスランの顔がチラリと覗く。
その時、ハタと合う、瞳と瞳。
その瞬間に表れた、アスランの瞳の奥のチロリとする感情の流れに、カガリは気付けない。
一瞬凍りつく、空気。
部屋中の景色がクラリと揺れた。
ダンッと言う鈍い音と共に、カガリの体が激しく壁にぶつかり、バスタオルが床に舞い落ちていく。
自分の身に何が起こっているのか、カガリがやっと理解したのは、アスランの濡れた体が自分の体を強く壁に押し付けているその冷たさと、唇に押し付けてくるその生暖かい体温を、嫌と言う程感じてからだった。
両腕ごと抱き締められた体は言う事を利かず、しかもその強さにカガリは痛みすら覚えていく。
余りの痛さに悲鳴を上げそうになり、僅かに動く両手で抵抗しようと試みるが、それは返ってアスランの衝動に火を点けて行く。
懸命に首を振ってアスランから逃れようとすると、今度は激しく首筋に蠢く、まるで生き物のような生暖かい唇の感触に、ゾクッとしてカガリは悲鳴に近い声を上げる。
「ちょっ……アスラン!!」
益々激しくなっていくその行為と同時に、カガリのシャツの下でヒヤリとする程の冷たい手の感触が、胸元に触れる。
その冷たさとは裏腹に、アスランの動きは次第に熱を帯びてカガリの背は壁に圧迫されて激しく擦れて行く。
「やめ…ろって、ば…。」
カガリが反応する程に、アスランの行為は激しさを増していく。
両足の間に、アスランの片足が割り入ってきてカガリの片足が持ち上げられる。
はだけた胸元に、唇を押し付けて強く吸っては這わせて行く。
「もう、いい加減にしろっ、バカッ!!」
そう言ってカガリがアスランを押し返そうとすると、その手首を掴んで壁にまた擦り付ける。
「つッ………!」
カガリがその痛みに呻き声を上げると、アスランは漸くハッとして、カガリを見た。
怒りに潤んだ瞳が、間近にあった。
「……こんな…場所で……。」
カガリの肩が荒く上下していた。
上下するその体を包む白いシャツは、乱れて、今しがたの行為の痕を赤裸々に、そこに留めているようだった。
アスランは落ちているバスタオルを拾い上げると、カガリの体にふわりと掛ける。
「……なら、こんな場所じゃなきゃ……良かったのか?」
カガリのほうを見ずに、アスランはそう答える。
「……だから…いいって、言ったんだ……。」
そう言うと、アスランはカガリをそこに残したまま、部屋を出て行く。
途中、廊下で着替えを持った秘書と擦れ違う。
「あの、着替えは…。」
「俺は、いい。」
そう言うとアスランは、秘書の怪訝な目から逃れるように、官邸の出口へと向かう。
出口から外へ。
もどかしい、捌け口の無い想いを抱えたまま、明るい陽の光の下へと引きずり出されたような錯覚に襲われながら、アスランは空を仰ぎ見る。
雨が降った記憶など、とうの昔に忘れ去ったかのような恨めしい青い空。
激しい眩暈に抗えなかった自分の愚かしさを嘲笑うかのような、澄んだ空の色にアスランはまた、目が眩みそうになる自分を懸命に堪えていた。


<2005.03.13>