君は知らない







初めて会った時は、変な奴だ、と思った。
男だと思っていたら、女だった…し、あまりにも真っ直ぐにぶつけて来るその感情…今までに出会った事の無いタイプの人間だと思った。
自分はどちらかと言うと、口数が多いほうでは無いし、感情もあまり表に出すほうでは無い。だから、そんな人間との出会いに少し戸惑いと新鮮さを感じながらも、正直、心の隅のどこかで惹かれるものを感じていたのかも知れない。
自分には無いもの。
真っ直ぐな強さを湛えた瞳。
そして真っ直ぐに入って来る、飾らない心。
まるで自分の心の壁を打ち破るかのように入ってきたその真っ直ぐな心に、いつの間にか、安堵すらする心地の良さを感じ、それを受け入れていた。
きっとここは自分が自分でいられる場所。
そのままの自分でいられる場所。
人に気を許せなかった自分が、唯一、安らげる場所。
…そんな大切な場所に、いつの間にかなっていた。

もし失ってしまったら、自分はどうなってしまうだろう…?

きっと、色を失くした世界で、ずっと彷徨っているに違いない。

知ってしまったから、もう戻れない。

この暖かい陽だまりが

ここだけが

自分の還れる場所だから     









「こんなところに居たのか?」

ふと目を明けると、金色の雨のようなその髪が、上から覗き込むカガリの顔のまわりでゆらゆらと揺らめいていた。
…眩しかった。

「昼寝か?」

尚も尋ねるその顔が、優しい笑顔で溢れている。
こんな時、堪らなく幸せな気分になる。
何気ない言葉、何気ない時間。

「ちょっと考え事だ。」
「あんまり考え過ぎると、ハゲるぞ。」

そう言って、カガリは屈託無く笑う。
まるで金平糖のように甘い時間。
ゆっくりと融けて、辺りに広がって行く。
陽だまりの木漏れ日が微風に揺れる度に、二人の体に映した陰影の模様をゆっくりと揺らして行く。

「それは困るな…。」

そう言うと、カガリに向かって手を延ばす。
起して欲しいというゼスチャーなのかと思ったカガリが、差し出した手を「うん?」と握った瞬間に、グイッと引っ張ると案の定、物の見事に崩れ落ちた。
短い声を発して倒れこんだカガリは、お腹の上に顔を乗せて、恨めしげな声を出す。

「……お…前……。」
「これで同じ目線になったな。」

そう言うと、カガリは「バカ」と小さく呟いて、そして急に、「あっ」と叫ぶとガバッと体を起した。
その反動で、お腹がグッと押され、更にカガリがその上を這って通過して行ったので思わず呻き声を上げて起き上がる。

「ほら。」

どうしたのかと思うと、寝転んでいたすぐ側の草の茂みの中から、カガリが摘み取って差し出したもの。

「四つ葉のクローバーだ。」

嬉しそうに、手に持って掲げた。
緑の十字架のような、綺麗な葉っぱだった。

「これを持ってると、幸せが来るんだぞ。」

そう言うと、カガリはこちらへ差し出す。

「ほら、お前、持ってろ。」
「いや、いいよ。カガリが…。」
「いいから、ほら。」

差し出されたそれを見ながら、今以上の幸せなんて望まない……そう思いながら、それを受け取る。
カガリのそんな気持ちが嬉しくて、それだけでもう十分だったけれど。

「カガリからはいろんなものを貰ってばかりだな。」
「うん?」

ハウメアの護り石、叱咤してくれた言葉と癒してくれた心、何処より安らげる場所、そして、何より今ここにいる、自分…。
果たして自分は、貰うばかりでカガリに何を与えただろう?
…何も無いのではないか?
ずっと、そう思っていた。

「私もアスランから貰ったぞ。」

まるで見透かされたかのようなカガリの言葉に、「え?」と言う顔をすると、

「それは、お前が知らないだけだ。」

そう言ってカガリは微笑んだ。
さわさわと風が吹いて、カガリの髪をフワリと持ち上げた。

「あんまり考え過ぎると、ホントにハゲるぞ?」

そう言ってカガリはまた笑った。
手の中の四つ葉のクローバーを大事にそっと服のポケットにしまうと、片手でカガリの腕を取る。
そして額をカガリの肩に乗せると、子供みたいに身を寄せた。
昔子供の頃、母親に抱かれていた記憶そのままに、優しい腕で包まれていたそのままに……カガリの腕が背に回され、その背を柔らかくトン…と叩く度に、気持ちが穏やかになって行く。
母親の胎内のように、安らげる場所。
自分をそのままに受け入れてくれる場所。

自分が還れる場所はここだけだから。
失うことなど考えたくはない…。

「もし…。」
「ん?」
「もし…、本当にハゲたら…嫌いになるか?」

カガリがクスリと笑う揺れが、額や体を通して伝わって来る。

「そうだな…。まあ、無いよりは有るほうがいいけどな…。」

カガリの涼やかな声を聞きながら、心地良すぎて眠くなった瞼を閉じる。

「それでも、お前はお前だからな…。」

そんな声は、いよいよ夢の世界へと意識を誘って行く。

本当は、そんな事を言おうとしたわけでは無くて…。
けれど、「もし…」の後が、怖くて言えなかった。
どうか目が覚めてもこのままで…。
この場所に還って来られますよう…。

ここにしか自分の居場所は無いのだから。
何があってもきっとここに還って来る。

遠のく意識の中でそう思った。

「アスラン…?…寝ちゃったのか?」

カガリの声が遠くで聞こえる。

「お前ってホント、すぐ寝ちゃう奴だな…。」

それはカガリの傍にいるからだと…。

けれど君はまだ、それを知らない。

そう思いながら、暖かな陽だまりの中で、心地の良い安らかな眠りの中にゆっくりと落ちて行った     


<2005.03.27>



さて、ここは何処?