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花の名前
ゆっくりと微笑んだその花の瞳に ずっと
自分だけを映していて欲しいとさえ 望んだ
窓辺に白く淡い光を浮かび上がらせるそれは、昨日アスランがカガリに贈った薔薇の花束だった。
『ノスタルジー』と言う美しい響きの名前を持つその花は、花芯が蕩けそうに甘いクリーム色をしている癖に、花弁の先に行くほどに、次第に淡い、優しいピンク色へと緩やかに変化して行く。
その彩りの移り変わりの美しさが、まるで白い肌が花弁を一枚ずつ開いていく毎に昂揚し、しっとりとした色味を帯びていく、まるでそんな情景を彷彿とさせるようで、思わずそんな妄想を抱いてしまった自分にアスランはドキリとしながらも、しかしその薔薇を選ばずにはいられなかった。
「ノスタルジー?綺麗な名前だな。」
カガリはその名前と、その花の彩りの美しさに魅せられて、薔薇の花束をうっとりと眺めている。
まるでカガリのようだったから……などと言う陳腐なセリフをアスランは吐ける筈もなく、ただ、黙ってそんなカガリの姿を見つめている。
そしてその後の 。
まるで薔薇の花に似た、カガリの肌の色の移り行く彩りの美しい様を見ながらアスランは、本当に蕾が一片、また一片と開き行くようだ、と蕩けそうな意識の片隅であの薔薇の花を思い浮かべながらそう考える。
まるでカガリ自身から、酔いそうな程の甘い芳醇な薔薇の香りが立ち昇ってくるようで、その芳香を嗅ぐ度に自分の意識は何度も何度も朦朧と遠のきそうになり、その度に引き戻すようにカガリの瞳を見る。
そしてその熱っぽく潤んだ、湖面のように澄んだ瞳に映されるのは確かに今自分の姿だけで、カガリの全てを今自分が占めているのだという、堪らない程の幸福と、満足感で満たされると、また遠のく意識の中に還っていく。
何度も繰り返し、そんな夢現のような意識の中を行ったり来たりしているうちに、夜は静かに深まって行き、夜半過ぎにやっと二人は泥の様な眠りの真っ只中へと墜ちいて行った。
明け方近くに目覚めたアスランの瞳に映った窓辺のその花は。
昨日のうちはまだ固かった蕾もいつの間にか綻んで、その全てがまるで美しさを競うかのように艶やかに花弁を開いていた。
白み始めた空のぼんやりとした光の中で、それはまるで淡い光を纏っているかのように神秘的ですらあった。
その薔薇の花から、アスランは、傍らに眠るもう一つの花へと視線を移す。
昨夜に咲いた、自分にとっての、至高の花。
その花を最も美しく咲かせる事が出来るのは自分だけなのだ、というまるで傲慢とも言える、そんな自負が心に浮かんできて、思わずアスランは手を伸ばして微睡むその花にそっと触れてみる。
誰も手折る事は許さない、花。
頬や唇や髪の一本一本まで、これは自分の花なのだ、と。
その瞳に映すのは自分の姿だけでいい。
そっとその瞼に触れる。
その時、ピクリ、とその瞼が微かに動き、ゆっくりとその花の瞳が開かれる。
「アスラン…。」
その甘い唇から発せられる自分の名前に、アスランは身震いする。
そしてその瞳に、特別な今日という日に初めて映し出されたものが自分の姿である事に。
まるで生まれたばかりの雛鳥に、自分の姿を深く刷り込んで行くかの様に、アスランは言う。
「誕生日おめでとう。」
ゆっくりとまた蕾が開くように、緩やかに微笑が零れていく。
そして、アスランが抱き寄せたその花の無垢な瞳には紛れもない、たった一人その花を愛でる事を許されたその姿がひっそりと映し出されていた。
「カガリ。」
アスランは花の名前を呼ぶ。
この世で何よりも愛しくて美しいと思える、その花の名前。
そしてその花の瞳に、いつも最初に映るのは自分の姿でありたいと。
そんな切なる想いを籠めて、その名前を呼ぶ。
「カガリ。」
<2005.05.22>
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