「花で、飾ろう」 後編 〜 Forget me not







Forget me not和名「勿忘草(忘れな草)」…ドイツの騎士とその恋人の悲しい物語が由来。
                  それ以来、その恋人はずっと髪にその花を飾るようになった。
                  ヨーロッパでは、恋人に「勿忘草のブーケ」を渡し、「真実の恋」を誓うようになったという。
                  花の色は、藍・桃・白。花言葉は、「私を忘れないで」「真実の愛」



海が見渡せる小高い丘。
そこにひっそりと建つ、ひとつの東屋がある。
あまり人に知られていないその東屋は、以前よく二人の待ち合わせ場所だった。

「変わってない……。」

そう思いながら、アスランはゆっくりと小高い丘を登って行く。
晴れ渡った空は、どこまでも碧く、澄み切った海の青さと境界線が交じり合って、溶け合っているようだった。
その景色を見ながらゆっくりと、アスランは登って行く。
今日は凪なのか、海からの風もさほど吹いてはいない。
まるで静まり返った自分の心の中のようだ、とアスランは思う。
…本当は、さっきまでは心が逸って仕方がなかった。それなのに、この場所に着いたとたん…不思議と心がシンと静まり返っていくのがわかった。
…あの頃に…多分、一年前のあの時に、心が戻っていっているのだろう。

「一年、か…。」

長かったのか短かかったのか、よくわからない。
ただ、一年の重さの分、自分は何が変わったのだろう。どう、変わったのだろう。
それは多分…時を積み重ねて、初めてわかるような気がする。
今までも、そうだったように。

ゆっくりと歩みを進めるアスランの瞳に、やがて白い東屋の建物が映った。
……とたんに、心臓の鼓動が早くなる。

゛………もし、いなかったら………?゛

そう思った途端、歩が躊躇って遅くなる。
…が、次の瞬間、意を決したかのように、アスランは足を踏み出した。
一歩、一歩、確かめるように、ゆっくりと。
丘を登りきり、東屋が見渡せる場所に出た。そして……。

その東屋は丘の端に建っていて、すぐ下は切り立った崖と、海になっている。
座席は海に向かって作られていて、海が見渡せるようになっていた。
そしてそこに……海に向かう席に、白い服の後姿があった。

その後姿が瞳に映ると、アスランは俯いて微笑んだ。

「…同じだな…あの頃と…。」

何もかもが、変わっていないように思えた。
…本当はきっと、何もかも変わったのだろう。が、この時間だけは、一年前からずっと繋がっているように思えた。
あの…二人で約束を交わした、あの時から。
アスランはその後姿に目を留めながら、ゆっくりと近付く。
その後姿は、ずっと、海を見ていた。
まるで時間を忘れたかのように。時間が止まっているかのように。

「遅くなって、すまない。」

アスランがそう言うと、海を見たままの後姿で、答えた。

「本当に、遅刻だぞ…アスラン…。」

そして、振り返った。

ゆっくりと振り返った琥珀色の瞳は、笑っていた。
アスランも笑い返す。

「ごめん、その色々と…。」
「色々って、仕事は、済んだのか?」

ミディアムショートの金髪の頭を傾げながら、カガリは静かに尋ねた。
少し大人っぽくなった、とアスランは思う。

「まあ、取り敢えずは…。後は、お偉いさん達の仕事だからな。」
「そうか…なら、良かった。」
「そっちは…?」
「ああ…。なんとかこっちも取り敢えずは…。でもまあ、相変わらず、奮戦中ってとこだ。」

カガリはそう言うと、肩をすくめて笑った。

「忘れてるかと思って、ちょっと心配したんだぞ。」

そう言うと、カガリは自分の手元を見た。
薄青紫色の花束が、その手の中にあった。

そうだ、とアスランは、自分の手にあった花束を思い出し、カガリに差し出した。

「二十歳の誕生日、おめでとう。」

カガリは暫くその花束を見つめていたが、嬉しそうに微笑むと、そっとその花束を受け取った。

「ありがとう…あれから、一年…なんだな…。」

カガリはそう言うと、プリムローズの白い花束に顔を埋めるようにして目を閉じた。

「憶えててくれたんだな…私の誕生花。」

   忘れる筈はない。
とアスランは思った。
一年前の今日。
ここで、約束を交わしたあの日…。

戦争が終結し、アスランはプラントの、カガリはオーブの、各々の戦後処理問題で、それぞれの国で奔走しなければならなかった。
だから、その処理を終えたら、一年後にここ、オーブで再会しよう、と決めた。
一年前のカガリの誕生日に、この場所で…。
「花束を持って逢おう。お互いへのお祝いに。私はプリムローズの花がいいな…誕生花なんだ。」
カガリはそう言った。
だから、忘れる筈なんかない…。

白い花束に顔を埋めているカガリの、白いワンピースが目に留まってアスランは言った。

「ワンピースなんだな。」

前は嫌がって着なかったのに。

「今日は、と・く・べ・つ。だって、特別な日に、普段着なんてあんまりだろ…?」

そう言って、カガリは笑った。

特別な日。
そうだな…今日は特別、なんだ。

アスランはそう心の中で呟いた。
あらゆる意味で、特別な日     

「おかえり、アスラン。」

カガリはそう言うと、薄青紫色の花束を差し出した。
アスランの髪の色に似た、小さな、可愛い花。

「勿忘草って言うんだ。」

カガリは微笑んだ。

「本当は、『私を忘れないで』って言う花なんだけど、私の場合は、『私は忘れなかったぞ』って言う…。」

それ以上カガリが言えなかったのは、アスランが自分の胸に抱き寄せたからで。

「ただいま、カガリ。」
「………うん。」

そう言うと、カガリは自分も両手をアスランの背中にまわす。
そうしてから、ハタと気づいたように、

「お前…もしかして、一回り大きくなった……?」
「え?」

カガリは体を離して、しげしげとアスランを見る。

「…それは、中身の事?それとも、外身の事?」
「え?…いや、それは…。」

カガリの答えを聞くか聞かないかのうちに、アスランはまた引き寄せて、カガリの唇に自分のそれを重ねる。
この一年の間、ほとんど連絡も取っていない。
お互いの為に、そうしようと決めたのだ。
だから、一年分の逢瀬は長かった逢えない時間をゆっくりと埋めるように、過ぎていく。

暫くして、ようやくカガリの体を離したアスランが、カガリの左手に目をやって言った。

「まだ…しててくれたんだ…その指輪。」

それは、二年前にアスランがカガリの指にはめた指輪。
何の約束も無かったけれど…ただ、゛自分のものだ゛という印を与えたくて、証を残したくて…。
今となっては、それも懐かしい想い出のひとつ…。

「それ…はずしてもいい?」
「え?」

カガリは驚いて、アスランを見る。
どういうわけかと問いた気に…。

「いや、…新しいの、したいから…。」
「……え?」

そう言って、右手をスーツのポケットに差し入れると、小さな箱を取り出した。
今度はちゃんと、大切に箱にしまったまま…。
そして、カガリの左手を取ると、二年前の指輪を外した。
…くっきりと、白い指に残る、リングの痕。
その痕が、ずっといつの日もその指から外される事無くそこにあったのだろう事を示していた。
ふっとアスランの胸が熱くなった。

「今までちゃんと言えなかったから…。」
「……え?」

そう言うと、アスランはカガリの、澄んだ琥珀色の瞳を見た。

「…結婚しよう、カガリ。」

カガリは驚いて、アスランを見た。
こんな場面が待ち受けていようとは、まるで思ってもいなかったのだ。

「わ…わ…私…。」

カガリはそれ以上言葉が継げずに、やがて、ただ、黙ってコクンと頷いた。
アスランは小さな箱から指輪を取り出すと、カガリの左手の薬指にゆっくりとそれを差し入れる。
それは、エメラルドの小さな石が付いた指輪だった。

「アスランの瞳と同じ色……。」

5月の誕生石は、エメラルド。
まるで、自分達の為に用意されたシナリオのようだとアスランは思った。

「…ありがとう。」

そう言ったカガリの瞳は、潤んでいるようだった。
それから、カガリは勿忘草の花束をもう一度持つと、アスランに差し出した。

「この花のもう一つの花言葉は、『真実の愛』って言うんだ…。」

アスランは花を受け取る。

カガリからそんな言葉を聞くことが、アスランには何よりも嬉しかった。

そして、その中から一本の花を抜き取ると、カガリの金色の髪に挿した。
金色に映える薄青紫の花が、とても綺麗だった。

「なんだか結婚式みたいだな。」

そう言ってカガリは嬉しそうにプリムローズのブーケに再び顔を埋めて笑った。
花のような笑顔だった。

これまでのたくさんの想い出と、これからのもっとたくさんの想い出と。
一緒に歩いていく長い道のりと。
そして……君の笑顔を、花で飾ろう。

もっと、君が幸せになれるように。
ずっと、幸せでいられるように。

二人で一緒に幸せな時を過ごせるように。

君と、君の笑顔を…

花で、飾ろう。


<2005.02.27>



完全本編設定無視。そして何より、キャラの性格無視。…それはいつもの事ですが(笑)