Passage  ―パサージュ(路地裏)―







「迷った…?」
メモに書かれた住所を確かめながら、カガリは細い路地の真ん中で立ち止まる。
「いや、確かにこの辺りなんだが…。」
そう言いながら、メモの住所と通りの名前が書かれたプレートを何回も見比べている。
「確かなのか?」
後ろから、アスランが覗き込む。
「……の筈なんだが…。なんせ、もう何年も前の記録だからなあ…。」
理由あって、父の古い知人を訪ねようと昔の記録を頼りに来てはみたものの、そこに書かれた住所と思しきところは細い通りが幾重にも分かれた路地裏のようになっていて、まるで迷路のようだ、とカガリは思った。
似たような景色ばかりで、さっきから同じ場所を何度もぐるぐると巡っているような気さえする。
「でも、こんな場所があるなんて、知らなかったなあ…。」
とカガリは感慨深げに呟く。
そこは、古い石畳の道。
歴史が染み込んだ痕の残る、少し歪な形の石達が敷き詰められた、湿った匂いのする古い建物の谷間。
そこだけがまるで、時の流れから置き去りにされた空間のようで、古の時間に迷い込んでしまったような錯覚を憶える。
ゆったりと流れていく時間。
道の端を悠々と年老いた猫が歩いて行く。
石畳の上を転ぶように駆けていく子供達。
「何だかオーブじゃないみたいだ。」
不思議な光景に、二人は暫く立ち止まっては、また歩き出す。
そうして、しばらく道を進むうちに、路地は段々と狭さを増し、人二人がやっと通れるほどの道幅になった時、
「あ…。」
とカガリが声を出した。
「行き止まり…。」
そこは袋小路。
薄茶色のレンガ塀に囲まれた、路地の果てだった。
見上げると、道の両脇の古びた家々の壁に小さな窓がいくつも並び、そしてその壁が終わるところに空が見えた。
しん、と静かだった。
「まるで、谷間みたいだな…。」
カガリがそう呟いて、くるりと後ろに向きを変えようとした瞬間、そのすぐ後ろに居たアスランにぶつかって倒れそうになった。
「あっ…。」
思わず受け止めたアスランの手の中でよろけた体を支えようとして、もう片方の手でアスランの服を掴む。
その弾みで、カガリがアスランの体を押し付けるような格好で路地の壁にぶつかった。
ドン、という鈍い衝撃音と共に、二人の体は漸く止まる。
「ごめん、大丈夫か、アスラン?」
カガリが抱きついたままの姿勢で、心配そうに顔を覗き込む。
「ああ、大丈夫だ。」
そう答えると、アスランはすぐ側にあるカガリの頭に手を添える。
そして、まるで抱き合ったような姿勢のまま、ふと二人して上を見上げて、
「…静かだな。」
「…そうだな。」
と呟くと、暫くそのまま上を見ている。
そして、
「空が、高いな。」
「うん。」
そんな会話をポツリと交わした後、何とはなしに目を見交わせて笑う。
静かな午後の刻がゆっくりと、路地の上を流れて行く。
小路の果ては、人の気配もまるで吸い込んでしまったかのように、一切無い。
そこにあるのはただ、二人だけのように。
アスランはカガリの髪を弄り始めて、指に巻いたり絡めたり、を繰り返す。
そのうちに、片方の手を柔らかな頬に当てて、暫くその滑らかな感触を手の平と甲とで代わる代わる楽しんだ後、やがて自らの顔を近づけようとしたが、
「アスラン、今は、仕事中、だ。」
とカガリが腕の中で微笑して言った。
「…うん。」
「護衛が代表を襲ったりしたら、話にならないだろう?」
「…そうだな。」
そう言って、アスランも微笑を返す。
「じゃあ、止める?」
とアスランが首を傾げて訊ねると、
「ただし。」
とカガリが言う。
「その代表が拒まなかったらそれは、『任意』 だ。」
アスランは
「なるほど。」
と言いながら、カガリの背中に両腕を回し、
「それはとても便利な言葉ですね、アスハ代表。」
と頭をくっつける。
「では、『任意』 、で。」
「ただし。」
そう言いながら、カガリもアスランの首に両腕を回す。
「拒まなかったら、だぞ。」
と言うと、緩やかな微笑をアスランに近づける。
そして、どちらからともなく唇を合わせると、それはひとつの影となって、細い路地裏の石畳に模様を落とす。
そんな様子をじっと上の方の窓から見降ろしていた一匹の黒い猫が、欠伸をしてやがて眠りに落ちる頃、午後の刻を告げる教会の鐘が遠くから路地裏に響いて消えて行った。


<2005.04.24>



すいません、すいません、すいませんっ〜!…撤収…(汗)
Passage=フランス語です…