予測不能ああやはり降って来た、と彼女は思った。 部屋の窓ガラスを雨の粒が一滴また一滴と濡らし始めている。窓辺に寄って空を見上げれば、どんよりと曇った重い色が一面に敷き詰めたように覆っていた。 彼は傘を持っていかなかった。出掛ける時に既に雲は重く垂れ込めていたが、それでも傘は持ってはいかなかった。 窓の外に見える舗道が次第に雨を受けてその色を変化させていくのを見ながら、彼女は思う。 彼は傘を持つ習慣のない国で育った。 それは予測不能な雨が降らないからだ。 だから今日のように雲が重く垂れ込めていても、彼は傘を持とうとしない。 予測の出来ない雨を予測できないのだ。 「雨が予測が出来ないものだなんて知らなかった」 いつだったか彼がそう言っていた。突然降り出した雨をさも珍しそうに見ていた。 雨は先程よりも少しその筋を増しながら、また次々と舗道を濡らして行く。 瑞々しい緑の木々の葉も、背の高い街灯も、そこにあるものは全て雨にしとどに濡らされる。 もうすぐ帰って来るであろう彼を、迎えに行ったほうがいいのかと彼女は思案した。 四時には戻る、とそう彼が言ったからだ。 時計の針は間もなく四時を指そうとしている。 ――と、景色の向こうから彼がやって来るのが見えた。 濡れた舗道を踏みながら、ゆっくりと歩いて来る。 その姿は木々の葉や街灯の柱と同じように、随分雨に濡れている。 萎んで垂れ下がった前髪からは雫が滴っているのだろう、時々手で掻き揚げるような仕草をしている。 そして彼女の見ている窓辺の近くまで来た時、彼はやや足取りを緩め、空を見た。 ――笑っている。 その表情を見ていた彼女は思わずぷっと吹き出した。 「何であんなに楽しそうなんだ?」 まるで映画か何かのシーンを気取るような彼の姿に、彼女の笑いは治まらない。 彼女が見ている事などまるで知りもしないのだろう、彼の少年のように無垢な笑顔は暫くその顔に留まっていた。 本当は彼女は知っていた。 彼がいつも傘を持たないわけを、本当は雨が好きだからなのだと言うことを。 予測の出来ない雨をいつもわくわくとして待っているのだと言うことを。 「しょうがないなあ」 馬鹿みたいに雨が好きなその姿を見ながら彼女は笑って呟く。 服は洗濯しないといけないし、靴も乾かしてやらないと。 そしてまあ風邪はひかないだろうが、乾いたタオルと何か温かい飲み物を用意しておいてやろう。 間もなくドアが開き、何事も無かったかのようにいつもの落ち着き払った声がするはずだから。 「ただいま、カガリ」――と。 <08/06/30> 大嘘書いてスミマセン。ただこんな話が書いてみたくなったので…。 |