真昼の 夢本のページを風がパラパラとめくる。 テーブルに置かれたグラスの中で、融けた氷が心地の良いカランという音を鳴らして水面を揺らし、水滴で曇ったガラスの滑らかな曲線を幾筋もの雫がキラリと光を放ちながら滑り降りていく。 その側の白いデッキチェアでは、スースーと規則正しい寝息を立てながら、無防備な肢体を晒してカガリが眠っている。 海が見えるコテージの、咲き揃った色採り採りの花々に囲まれたまるで楽園を思わせるその庭で眠る姿は、幼い少女のようにも見える。 ゆっくりと近付いたアスランはカガリの顔に薄い膜のような影を落として側に佇んだ。 あまりにも無防備なその姿をそのまま人目に晒すのは躊躇われる。 薄いサマードレスから零れる剥き出しの白い肩や、喉下や、二つの細い腕。 額に掛かる数本の、美しい金色の髪。 閉じた瞼を縁取る、髪と同じ眩い色の睫。 そして何より、薄く開いた、艶かしい紅い唇。 規則正しい呼吸と共に、寝息がその唇から漏れる。 思考より先に体が反応して、片方の膝をデッキチェアに掛けると、指で額に掛かった髪をゆっくりと払い、そしてそのまま頬を滑って柔らかな唇へと辿り付いた。 敏感な指先の感覚が触れるその感触は、記憶に比類が無い程の柔らかさと滑らかさを以って、神経に沁み込んでいく。 思わず無意識のうちに、呼吸が震えた。 その震えが指先にも伝わる。 「う…ん…。」 閉じられていた瞼とそれを縁取る睫が微かに揺れた後、静かに瞳が見開かれる。 夢から醒めきれずにまだ空中を彷徨っているその瞳は、逆光の中の人影に目を細めてそれが誰かを悟ると、片手を伸ばして手のひらでその頬に触れた。 思いもかけないその行為に身動きさえ出来ず、ただアスランは浅い呼吸を繰り返す。 指はまだ、カガリの唇に近い空中で静止している。 「お前が…。」 カガリがまだ夢現の中で口を開いた。 「いなくなる夢を見た。」 そう言って、触れたひんやりとした手で、額から頬をそっと撫でた。 暫く空中で躊躇っていた手を再びカガリの頬に戻すと、アスランはその指の背と腹で、両方の頬を優しく撫でた。 「ここにいる、から。」 そう言うと、安心したかのように、カガリはまた目を閉じる。 そして数秒と経たないうちに、また、微かな寝息を立て始めた。 アスランの頬に当てられた手は、いつの間にか上着の裾をしっかりと握り締めている。 カガリが次に目醒めるまでは、こうしてここに居なければならないだろう。 柔らかな頬を撫でていた指は、またいつの間にか唇の薄い谷間へと戻り、そっと撫でるようにそこに触れる。 そしてその指を、今度はゆっくりと自分の唇に押し当てると、アスランは静かに目を伏せた。 <2005.08.16> |