床一面に広がった書類の白い海。
その上で柔らかな肉を貪り喰らうその獣。
白い紙の上の、金の髪がその都度に漂うように揺れていた。




部屋を出て行こうとするカガリを、突然アスランが遮った。
書類や資料を持った細い手をいきなり掴むと、グイと自分の方へと引っ張った。
その拍子にバサバサと、紙の束が床一面に落下して広がって行く。

「何を……?」

そう言い掛けたカガリの口を徐に自分の唇で塞ぐと、その細い体を抱いて支えながら押し倒し、床に組み敷いた。

「アス……?」

その余りにも突然の行為に瞳に驚きの色をありありと浮かべながら、カガリはアスランを見る。
そんなカガリの首筋に、まるで倒した獲物の息の根を止めんとするかの如く喰らい付く獣。
喰らい付いてそのまま両手で体の自由まで奪い去ってしまうと、獲物が大人しくなるまで待とうとでもするかのように、急にじっと動かなくなった。

「……ど…うした…?」

カガリが戦きながらもそう訊ねると、その獣は泣いているかのような声を絞り出して答えた。

「行かせたくない。」

「…閣議だぞ?」

「だから…。」

そう言うとカガリの首筋辺りに凭せ掛けていた顔を少し上げた。

「行かせたくない。」

そう繰り返すと、その体を貪るように喰らい始める。
それを戸惑いながら拒むでも無く、受け入れるでも無く、カガリは空の一点に視点を合わせたまま、成されるがままに何がそんなにまでも駆り立てているのかと思いを巡らた。

「ア…スラ…ン……アス……ラン……?」

カガリがその名を呼んでゆっくりと髪を撫でてやると、獣は静かに顔を上げる。
傷ついた瞳が悲しげだった。

「あの男のところへ、行かせたくない。」

「…………。」

カガリは黙って眉根に皺を寄せる。
それが心理的作用からか、それとも意図的に与えられて体が訴える反応のせいかはアスランにはわからない。
けれど、既に獣は解き放たれて、自分の全てをカガリに向かって放とうとしている。
せめて、自分のものだと言う証をその体に放ったら…。
そうしたら少しは救われるのだろうか……?

余りにも悲しすぎる獣の性に、白い紙の上でうねりながら揺れるカガリの金色の髪が儚すぎて泣きたくなるほどの衝動を漸く堪えてアスランは、最期にカガリの体の上に崩れ落ちると、そのまま荒い呼吸だけを紡いでいた。
肩が激しく上下していた。
それはまるで嗚咽しているかのように。

「…カガリ…。」

それだけ言うと、その獣は金色の草叢の中に自分の顔を埋めるようにしたまま、やがて眠るように動かなくなった。


<2005.05.29>