花 鱗かりん の 杜





 その季節、もりは薄い桃色の鱗で一様に覆われる。
 『花の鱗の杜』
 彼女がそう呼んだ。


「あ、鱗」
 手の平で落ちてくる薄い桃色の花弁をすくいながら彼女はそう呼んだ。
 鱗?
「そう、これはこの木達の鱗なんだ」
 木の幹からむらがりながら落ちる花弁を見つめ、彼女はそう言った。
 鱗って?
「だってさ」
 澱みない瞳は花を咲かせる大きな木の幹をずっと見つめていた。そこに何が見えるのか彼女だけが知っているように。
「花が散る時って何だか悲しくて切ないだろ」
 さやさやと微かな音を立てて鱗がまた落ちる。
「だからこれは鱗なんだって思うことにしたんだ」
 よくわからないな。
「うん、あのさ、鱗が落ちて、木はまた一つの生を重ねるんだよ。終わりじゃなくて、新しく生まれ変わるために、鱗が落ちるんだ」
 …わかるような気もするけどやっぱりよくわからないな。
「鱗が落ちて、木はまた次の生へと命を繋いでいく。緑が芽吹いてその生がやがて終わると、古い生を鱗と共に落としてまた次の季節を迎えるんだ。新しい季節が来るたびに、また始まるんだって……そう思えば悲しくなったりしない」
 悲しいの?
 その問いに少しだけ笑った。
「希望が持てるから」
 風に運ばれて薄い千の鱗が舞って行く。終わりではなく始まりを迎えるために。
「『花の鱗の杜』って、凄く綺麗だろう?」
 笑う彼女のまなじりに落ちた薄い鱗が薄桃色の涙に見えた。


 今年も杜はまた花の鱗で一杯になるのだろうか。
 希望を託した彼女の夢の鱗で一面薄い桃色に覆われている、――多分、きっと、そうに違いない。


<08/03/08>




花とはおわかりかと思いますが、桜の花がモデルです。
場所、時間軸不明文章。