花と蜂







花はまだ、咲きほころぶを知らずそこにある。
朝な夕なに訪れては、1匹の蜂がまだ咲く事を知らないその蕾を眺めて帰って行く。
やがて頑なに閉じられたその扉が漸く色づいて膨らみ始めた頃、その側で帰る事を忘れた蜂が、焦がれた花の綻び行くのを見ていた。
ゆっくりと目の前で開いて行くのを見ていた。
その一片が開くごとにそっと吐息をついた。
蜜を吸うのも忘れて見続けた。
別の蜂が近寄るとすぐさま追い払った。
また見続けた。
やがてある朝その花は全ての花弁を一杯に広げると、見事に美しく咲き綻んだ。


   で、どうなったんだ?その蜂は。」
「花が咲いたその朝に死んだのさ。」
カガリはその言葉に少しの間黙ると、窓外に向けていた視線を、向かい合った椅子に座るアスランへと向けた。
   死んだ?」
「そう。最後の花弁が開いて行くのを眺めながらね。」
「…悲恋だな。」
「でもないさ。」
   そうか?」
暫しの間二人は互いの瞳の色を見やったが、アスランが言葉を継いだ。
「花はその日の夕方にはもう散って、蜂の骸の上にその花弁をそっと降り募らせたんだ。」
   あれほど焦がれたその花に。
「幸せだったと?」
   さあ、な。」
そう答えるとアスランは微笑を湛えた瞳をカガリに向ける。
当のカガリは眉間に微かに皺を寄せたまま頬杖をついていたが、
「『見護る愛』ってヤツなのか、それは?」
そう言うと、仏頂面でアスランを見た。
「何で、その花の蜜を吸わなかったんだ?」
   さあ。」
そう言うとアスランはより微笑した。
「…どう思う?」
その問いに答える代わりに、眉間に皺を寄せたままカガリはまた窓外に視線を向け、その頭をクシャリとアスランの手が撫でた。
花はまだ、咲き綻ぶを知らずそこにある    


<06/02/19>



どうでもいい小噺(ある種の酷いエゴイズムとも)
本当は虫は「匹」では無く、「頭」と数えるのだそうです。目からウロコ。