獅子の休日







久々の休日の朝。
サンルームの椅子に座り、ウズミはガラス越しに差し込む柔らかな日差しの中で、ウトウトと微睡んでいた。
日々の激務から開放されるこんな日は、ただこうして何気なく過ごす時間が心身の疲れを癒してくれる。
鳥の鳴き声や、風が木々を渡る音以外には、何も聞こえない。
ただそんな空間に身を置く事で、日々の緊張から解き放たれて無心になれる。
浅い眠りの夢と現の狭間でゆらゆらと彷徨っていたその時、ふと、膝に置いた手の甲に何かが触れる感触を覚えて、ウズミは目を開ける。
黄色いタンポポの花が数本、重ねた自分の手の甲の上に置かれているのが、その目に映った。

「とーたま。」

花の色に良く似た髪が、自分の膝のすぐ横にあった。
少しはにかみ勝ちに首を傾げる度に、その綺麗な髪がキラキラと日差しに光った。
やっと4歳になる愛娘の可愛らしい仕草に、流石のオーブの獅子も頬を緩ませる。

「おいで、カガリ。」

ウズミがそう言うと、幼子は嬉しそうに手を伸ばしてくる。
そして、ヒョイッと抱え上げられると、父の足の上に向き合うように、ちょこんと座る。
普段は忙しさのあまり満足に構ってもやれず、なかなか親子らしい触れ合いも出来ない中で、こうして娘のほうから甘えて来てくれる事は、ウズミにとってはこの上もなく喜ばしい事だった。
一番親に甘えたい年頃だろうに、それがなかなか叶えてやれない。
ウズミは思わず、愛娘の柔らかなピンク色の頬に頬ずりをする。

「おひげ! 」

ウズミの髭の感触がくすぐったいらしく、幼子はキャッと喜んで反り返り、思わず、ウズミは取り落としそうになる。
そんな他愛の無い触れ合いが、互いの心の中を暖かい色で一杯にしていく。

「とーたま、あれちて。」
「うん?」

可愛らしい笑顔でねだられて、思わずウズミの顔もメロメロに綻ぶ。
こんな顔は、他の人間には見せられない程に。
そして暫く考えた後、やっと「あれ」が何なのか、思い当たった。

「そーら、高い高いっ。」

キャッキャッと空に放り投げられながら奇声を上げて喜ぶ愛娘を見て、ウズミはホッとする。
一緒にいる時間が短い分だけ、我が児の望むものを探し当てるのは難しい。
それだけに、側にいる時は出来るだけ身も心も近いところにいてやりたかった。
やがて、遊び疲れた幼子は、ウズミの胸に凭れかかって気持ち良さ気にウトウトと目を閉じ始める。
広い暖かな胸に安心したかのように眠る我が児の姿を見て、ウズミはふと幸せな気持ちになる。
そして、やがていつか遠い将来に、この娘もこうして誰か他の男の元で眠る日が来るのだろうかという思いに至った時、嫉妬にも似た感情がふつふつと湧き上がるのを感じて、思わず、自分も父親になったものだ、と苦笑した。
ずり落ちないようにしっかりと我が児をその手に抱きなおしてから、ウズミもまた、目を閉じてウトウトと微睡み始める。
幼子特有の甘い匂いが鼻腔をくすぐり、気持ちまで甘くなった時に、いつには無い快い眠りが、ウズミの上に訪れる。

「あらあら、まあまあ…。」

サンルームにお茶を運んで来たマーナが、一緒に眠る父娘の姿を見て、思わず微笑する。そして、

「本当に良く似た親子だこと。」

と、その安らかな寝顔を見ながらそっと呟いた。


<2005.05.04>