恋するアンドロイド 番外編 ―眠り姫―




あれはいつだったろうか。
まだ無邪気な笑い声と笑い顔が普通に側にあった日々――

「アスラン、隠れんぼだ」
目を輝かせて君が笑う。
「隠れんぼ、ですか?」
「うん、私がこの庭のどこかに隠れるから、ゆっくり百まで数を数えたら、お前は私を探すんだ」
握り締めた小さな手を振って、一生懸命に説明している。
「わかったか?」
「探すんですね、カガリを」
「ああ、でも百数えてから、だぞ。その間は目を閉じてなくちゃいけないんだぞ」
「目を閉じるのですか?」
「うん、早く」
言われるままに目を閉じて、言われたようにゆっくりと百まで数えた。
そして目を開けると、彼女の姿はどこにも無かった。
辺りの木の陰や、ベンチの下や、噴水の後ろや、東屋の方まで行ってみたが全く姿が見当たらない。
この広い庭の一体どこにいるのかと、あちらこちらと探すうちに、段々と日が傾いて空がオレンジ色に染まった。
その色と同じ瞳の色を探しながら、やがて始めにカガリが居た場所の、すぐ脇にある薔薇の木の生い茂った下の小さな空間に、小さな体が丸くなって眠っているのを見つけた。
こんなに近くに居たのだと、近寄って「カガリ」と呼んでみた。けれど、小さな体は規則正しい呼吸に合わせて上下を繰り返すばかりで、目覚める様子が無い。
「カガリ?」
もう一度呼んで、手をそっと額に触れてみた。僅かに汗で湿った前髪が、指にサラリと絡む。
「う、ん…」
微かに開いた目が、始めは何を見ているのかわからないように焦点が定まらず、そして次第に思い出したように瞬きし始めた。
「お前、遅い」
開口一番にそう言うと、眉を顰めてぷっと頬を膨らました。
「寝ちゃったじゃないか」
「そうですか――」
こんな時何と言っていいのかわからずに、そう言った言葉に彼女はガックリと肩を落とした。
「すみません、て言うんだよ。だいたいお前、時間かかりすぎ。じゃあ罰として」
そこで暫く考えていた彼女はパッと顔を輝かせた。
「私を屋敷までオンブして行くこと!」
「オンブ――とは何ですか?」
「いいから、早く背中向けろ」
言われるままに背を向けると、ふわりと暖かい感触と、重みが背に加わった。
「これをオンブって言うんだよ」
耳元で彼女の声がする。
その近さで、初めて聞いた彼女の声だった。
しっかりとした重みを背に感じながら、屋敷までの小路を歩いた。首に回された手が時々キュッと締まって、肩に凭せ掛けられた頭の重さを感じた。
「なあ」
耳元で彼女の声が言う。
「もしも私が見つからなかったら、お前、どうする?」
暫く考えて、答えた。
「見つかるまで、探します」
クスリ、と笑う声がした。
「うん――」
そして小さな欠伸をする気配がして、眠そうな声が聞こえた。
「探すんだぞ、見つかるまで――きっと、…探すんだぞ――」
その声が聞こえた後、ただ規則正しい呼吸の音だけがして、背の重みが先程よりも僅かに加わった。



『探すんだぞ、見つかるまで――きっと、…探すんだぞ――』




見つけた眠り姫は花の中。
そして、嬉しそうに笑う。




『逢いたかったんだ、お前に――』




<07/05/21>