送り灯





「見せたいものがある」
 そう言ってカガリに夜連れ出されたのは、俺がまた悶々と出口の無い――カガリがいうところの「ハツカネズミ」、というやつに陥っていた時だった。
 言われるままに車を出し、指示されるままに走らせて、着いた場所はとある山の中。
 ――て、こんな夜に危険極まりないんじゃないか…?
 そう思う間もなく、カガリはさっさと車を降りて、スタスタと歩き始める。
「置いていくぞ」
 唖然とする俺に、カガリは振り向いてそう言った。
 ――強引に連れ出したのはそっちだろう。それに……。
『仮にも俺は、護衛なんだが』心の中でそう呟いてみる。
 護衛が置いていかれたのでは笑い話にもなりはしない。
 ――などと言っている間にも、真っ暗な木立の中をカガリはどんどん進んで行っている。
「おい、待てよ、カガリ」
 足元の明かりといえば、仄かな月明かりだけ。
 あとは真っ黒い闇が辺りを包んでいる。
「この辺り、かな」
 そう言ってカガリが立ち止まったのは、微かに水が流れる音のする、先程車を止めた場所から10分程山の中へと分け入った場所だった。こんな真っ暗な場所で、よく道がわかるものだ、などと妙な感心をしていると、カガリがキョロキョロと辺りを見回し始めた。
「ええっと、確か……この辺、だったんだけどなあ……」
 そう呟きながら更に辺りを見回した。
 『見せたいもの』がこんな山中のこんな場所にあるなんて――一体なんだというのだ?
 そう訝しがる俺を余所目に、カガリは更に辺りを何やら探しはじめた。
 そして暫くたった時、
「あっ」
 と頓狂な声を発した。
「アスラン、ほら、こっちこっち!」
 闇の中、辛うじてカガリが手招きしているのが見える。
 近付いて行こうとした時だった。目の前を、フワフワと奇妙な光が横切った。それは弱々しく明滅しながら、暗闇の宙を彷徨うように漂っている。
「な…んだ、これ…?」
 見た事も無い不思議なその光に、目が釘付けられたように動けなかった。
「蛍だよ」
 そう言ったカガリの声がした。
 ――ホタル?
「お前、見た事無いだろうと思って」
 近寄って来たカガリはそう言いながら、目の前で貝のように合わせた両手をそっと開いた。
「これを見せたかったんだ。お前に」
 中ではまるで星の欠片のような、小さな弱々しい光が静かに瞬いていた。


「昔、お父様がよく連れて来て下さったんだ」
 ここは父ウズミがカガリを連れてよく訪れた場所だとカガリはそう言った。
 道理で、道をよく知っている筈だったのだ、と今になって合点がいった。
「でも今もまだいるかどうか、ちょっと不安だったんだけどな」
 そう笑ったカガリの周りでは、点滅する無数の光の欠片達が、あちらこちらでフワフワと宙を舞っていた。
 まるでこの世のものではないような、儚い光の明滅。
 ――そう言えば、昔、本で読んだ事がある。
『体の中に、ルシフェリンとルシフェラーゼという酵素を持った虫がいて、空気中から取り入れた酸素をルシュフェリンと酸化反応させて、自ら発光するものが……』
 そこまで考えて、止めた。
 そんな知識など、ここでは無用だ。
 光る原理なんて、そんなものはどうでもいいではないか。
 ただ『見せたかった』、と言うカガリの気持ちそのものが、今は無性に嬉しいのだ。
「――でもさ」
 静かな声がした。
「こいつら、あと少ししか生きられないんだ」
 その言葉に、思わず「え?」と聞き返した。
「地上で羽化して、それから何も食べずにただ子孫を残す事だけに命を懸けて、こいつらはたった2週間足らずで死んでしまうんだ」
 儚いよな、とポツリと言った。
「でもさ」
 またそう言うと、こちらを見た。
「こいつらはきっと、私達が思うよりもずっと自分達に与えられた寿命というものを、凝縮されて充実した時間の中で、精一杯全うしようとしてるんだろうな」
 ――与えられた寿命、そして、凝縮された時間。
 その言葉が、自分の心の中で、深い意味を持って響き渡って行った。
 ものには与えられた命の長さがある。
 そしてまるでその与えられた時間に合わせる様に、凝縮されたそれぞれの一生がそこに与えられて行く。
 長いか短いかの問題では無い。
 如何にその時間を精一杯生きたか。
 如何に悔いなく生きられたか――
「……悔いは、無かったんだろうか」
 そう小さく呟いた言葉に、「え?」とカガリが問い返す。
「いや……何でもないよ」
 微笑んだつもりで口にした言葉は、口から零れた瞬間に辺りの闇に掻き消えていった。
 その闇の中から、消えた言葉の化身のように、また無数の星達が現れては儚く瞬いて空中を舞う。
「本当に――綺麗だ」
 何故だか泣きたいような気持ちになった。
 命の灯。
 その灯のひとつひとつに、きっと凝縮された時間がある。
 与えられた定めし宿命がある。
 自分にも、カガリにも、そして全ての生きとし生けるものに。
 命の灯に包まれて、込み上げる真摯な衝動に心を掻き毟られながら、その瞬き達がまるで


『手に取れる宇宙のようだ』


 ――そう、思った。


<執筆05/08/16 : 修正08/07/29>


*3年前に書いて放置してあったものを今回修正して載せてみました。季節モノ、と言うことで載せられるうちに…(笑)