web拍手過去ログ 06/04/23〜06/06/25


etude〜エチュード〜/春 





校舎の影で初めて君を見掛けたのは、まだ夏の始めだった。
初めて言葉を交わしたのは、秋の陽射しが降り注ぐ校庭だった。
一緒に映画を観に行ったのは、粉雪の降るクリスマスだった。
そして、春。

花の舞い散る中で君は笑った。
「これからも一緒だよね」

そう言って笑った。
風が輝く髪に運んだ花弁が、とても綺麗だったのを忘れない。
その花弁よりも、もっと笑顔が眩しいと思えた事を、ずっと忘れない。

あれから5年。

社会に出て慌しい日々を送る中で、想い出は風化して行くのだと思っていた。
どんなに綺麗な想い出も、いつかは記憶のページに埋もれてしまうのだと、そう思っていた。
ふと仕事の合間にビルの谷間を見降ろした時、彼女はどうしているのだろうか、と何気なくコーヒーを片手に考える。
あの頃まだ信じていた同じ未来を同じ笑顔で語り合っていた日々が、一瞬灰色のビルの中に浮かんでは消えて行く。
窓ガラスに額を付けると、ビルの谷間を往く蟻のような人の群れが見え、その光景の無機質さに思わず溜息を吐いた時、風に舞い散る花弁の淡い姿が、鮮やかに脳裏に映し出されていた。

季節は何事も無いように移り変わって行く。

月に一度の業界の定例会議に、都合で出られない上司の代わりに出席する事になった。
当日は生憎の雨。
雨のせいで道路は渋滞、遅刻する出席者が多く、会議の開始時刻が延ばされた。
適当に座った席で、所在無げに何となく窓の外を見ていた。
降り続く雨は灰色のビル群を縫うように落ちてくる。
それでも無機質な光景よりはまだマシだ、と思った。
「隣、空いてますか?」
ふいに凛と響く声がした。
「あ、はい」
そう答えて振り向いた。
光る雨の露が金色の髪から滴って、グレーのスーツの肩にポタリ、と染みを作っていた。
手に持ったハンカチで雫を拭っていた手が、ふと止まり、琥珀色の瞳が大きく見開かれた。
「……あ…」
綺麗にひかれた口紅の隙間から短く漏れ出た声は、新たな記憶のページの始まりを告げていた。

外は舞い落ちる花弁のような雨。



そこに、君が、いた。


(06/04/23)