射 光
雲間から薄日が射し込む。
それは空に掛かる薄いカーテンのように、地上に幾重ものひだを作りながら舞い降りてくる。
まるで聖地を指し示す、天からの尊い光にも思えた。
高台から見渡せる景色は、その光の寵愛を受けてまるで平安で平穏な、安らかささえ感じられる風景に見えた。
災いの後はひっそりと、陽の当たらない物陰にその身を隠しているかのように思われる。
「見掛けだけではわからないものだな…。」
そう呟いて風に弄られた髪を掻き揚げる。
それでも吹き付ける風は、高台に立つ少女の髪や衣服の裾を容赦なく浚って行こうとしている。
その後姿を、黙って青年は車の運転席で見守っていた。
それは自分が立ち入る事の出来ない、彼女だけの時間であり、空間であると言う事を彼は知っている。
自分もまたそうであるように、彼女もまた、内なる自分と対話する場所が必要なのだ、と。
ただそれが「必要」である事を、お互いが「知って」いる。
それ故に、互いにそれを侵すことは無い。
ただ、見守っている。
が、実はそれこそが、最も深い思慮と憂慮と配慮が必要なのだ、と言う事を青年は知っていた。
そしてそれは、高台に立つ少女もまた。
見守る背が振り向いた。
瞳が合った。
ゆっくりと笑った。
「待たせたな。」
「いや。」
それだけの短い会話が交わされた後、助手席に座った少女の横顔を青年はそっと垣間見る。
物憂げだった瞳は今、活き活きとした光に満ちて、先に在る未来をしっかりと見据えている。
ふと少女が小さく呟いた。
「有難う。」
そして青年が何か言うよりも先に、
「行こうか。」
といつもの口調でそう言った。
「ああ。」
そう答えると青年は空を見た。
まだ洛陽には早い空が、それでも薄っすらと金色を帯びながら、射し込む光をも同じ色に染め行こうとしていた。
<2005.08.16>
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