慕情片付かない仕事の合間に、つと立ち上がると彼女は、窓際に行って外を見ていた。 外は既に夜更けて、真っ黒な海の底のような空間が広がるばかり。 雨だった。 「そう言えば、雨が降ると誰かが言っていたな。」 そう呟くと、額をガラスに当てて暫く黙った。 ガラスを伝う雫が、蛍光灯の灯りを受けてキラリと瞬くや否や、瞬時に次々と消えて行った。 生まれては消え行く珠の雫を見ながら、彼女は言った。 「この雨はずっとどこかに留まる事は無いんだな。」 その言葉に顔を上げて見ると、指で流れる雫を追いかけていた。 「川に、海に、地下に、そして空に、留まる事は無く、何度もその姿を変えて行くんだな。」 その言葉を聞きながら、また視線を手元の書類に戻す。 「変わらないものなど、無い。」 そう言いながら、右手に持ったペンを急いで走らせる。 サラサラと紙を滑るペンの音だけが響く。 何の返答も無い事にふと気付いて、ペンの動きを止める。と、視線が投げかけられている気がして、顔を上げてその先を辿った。 振り向いて微笑していた。 否、目だけで笑っていた。 「私には、ある。」 そう言った。 「ずっときっと変わらないものが。」 そう言って今度は本当に緩やかに微笑した。視線はずっとこちらに向けられたまま 今更ながらに思い出す。 今ならわかる気がする。 あの時彼女が何を想っていたのか。 あの視線の先に何があったのか 窓の外、基地にそぼ降る雨を見ながら、あの時の彼女を真似てガラスの雫を指で辿ってみる。 少しは同じ気持ちになれるだろうかと。 そしてガラスに額を当てる。 「この雨はずっとどこかに留まる事は無いんだな。」…… (2005.06.21) |