瞳の中の
湖面に広がる波紋を見ていると、緩やかに心が落ち着いて行くのがわかった。
水面に映る自分の影が、波にゆらゆらと遊んでいる。
その水鏡の自分とふと目が合ってしまうと、思わず自問自答してしまいそうな自分に、カガリは黙って堪えていた。
そうしてただ黙ったまま、じっと静かな湖面を見つめていたが、やがてふっと溜息をひとつ吐くと、立ち上がろうとして、水鏡に映ったもう一つの影に気付いた。
ゆらりと揺れる鏡の中で目が合うと、その人影は密やかに微笑んで
「もう時間だが。」
と優しい声で告げた。
「わかった。」
そう答えると、カガリはもう一度湖面を見渡して、朝霧に煙るその深い蒼色を目に焼き付けると、
「行こうか。」
そう言って振り向いた。
「もう、いいのか?」
そう尋ねるアスランに
「ああ、もう、いい。」
そう返事を返すと、カガリはスタスタと歩き出す。
そんな様子を見ていたアスランは、湖に目を移すと、その幻想的な光景に暫し心を奪われかけたが、
「アスラン。」
と自分を呼ぶ声にふと我に返ると、カガリを追って足早に歩き出す。
ここがカガリと父の想い出の場所だという事を聞かされたのはつい先日の事で、これからこの地で行われるサミットに出席する為に訪れたカガリが、暫く時間が欲しいとここに立ち寄った。
独りになりたい、と言った。
恐らくは、父の面影も連れて行きたかったのだろう、とアスランは思った。
「今日の会議は長くなる。」
カガリが車中でそう呟いた時、
「でも、独りじゃ無い。」
アスランがそう言うと、
「…そうだな。」
そう言って、カガリは微笑んだ。
これから自分が置かれる厳しい状況も、辛い立場も、全てを受け入れた覚悟の瞳の中に、アスランは先程見た静かな湖面の姿を思い出していた。
<了> 05.04.17
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