wed拍手過去ログ 05/04/17〜05/06/01



瞳の中の



湖面に広がる波紋を見ていると、緩やかに心が落ち着いて行くのがわかった。
水面に映る自分の影が、波にゆらゆらと遊んでいる。
その水鏡の自分とふと目が合ってしまうと、思わず自問自答してしまいそうな自分に、カガリは黙って堪えていた。
そうしてただ黙ったまま、じっと静かな湖面を見つめていたが、やがてふっと溜息をひとつ吐くと、立ち上がろうとして、水鏡に映ったもう一つの影に気付いた。
ゆらりと揺れる鏡の中で目が合うと、その人影は密やかに微笑んで
「もう時間だが。」
と優しい声で告げた。
「わかった。」
そう答えると、カガリはもう一度湖面を見渡して、朝霧に煙るその深い蒼色を目に焼き付けると、
「行こうか。」
そう言って振り向いた。
「もう、いいのか?」
そう尋ねるアスランに
「ああ、もう、いい。」
そう返事を返すと、カガリはスタスタと歩き出す。
そんな様子を見ていたアスランは、湖に目を移すと、その幻想的な光景に暫し心を奪われかけたが、
「アスラン。」
と自分を呼ぶ声にふと我に返ると、カガリを追って足早に歩き出す。
ここがカガリと父の想い出の場所だという事を聞かされたのはつい先日の事で、これからこの地で行われるサミットに出席する為に訪れたカガリが、暫く時間が欲しいとここに立ち寄った。
独りになりたい、と言った。
恐らくは、父の面影も連れて行きたかったのだろう、とアスランは思った。
「今日の会議は長くなる。」
カガリが車中でそう呟いた時、
「でも、独りじゃ無い。」
アスランがそう言うと、
「…そうだな。」
そう言って、カガリは微笑んだ。
これから自分が置かれる厳しい状況も、辛い立場も、全てを受け入れた覚悟の瞳の中に、アスランは先程見た静かな湖面の姿を思い出していた。

<了>     05.04.17





衝動と衝撃と



衝動とはふいに訪れる。
何に突き動かされるのかは、本人にもわからずに。

そして、また…。

机に置いたグラスに手がぶつかったかと思うと、それは真っ逆さまに床へと吸い込まれていき、甲高い音をたてて粉々に飛び散った。
「あっ……。」
その拍子にグラスの破片がカガリの腕を掠め、忽ちに、そこから真赤な雫が一滴、また一滴と滴り落ちた。
咄嗟に、アスランはカガリの腕を掴んで自分の顔を近づけると、その傷口に自分の唇を押し当ててその雫を吸い取った。
鉄に似た、その血の味が、口の中一杯に広がった。
「ア、アスラン…?」
カガリは驚いてアスランのその行動を見ていたが、アスランは尚も止めようとはしない。
「も、もういいぞ。」
カガリはその光景に、妙に胸がザワザワと鳴るのを憶えながら、アスランにそう告げる。
痛みより、動揺のほうが強かった。
やがて、傷口から唇を離すとアスランは、カガリの白い腕に付いた一筋の赤い傷跡と、自分のものが付けた紅いその痕に視線を落としていたが、ふっと見上げた瞳がカガリと出合った。
「手当てを……。」
そう言って立ち上がったが、その時にまた、口中に先程の血の味が蘇ってきて、ドキリとした。
触れてはいけない禁断のものに触れてしまったような、神聖なものを汚してしまったような、言いようの無い感覚に囚われて、思わずカガリを見る。
カガリは黙ってアスランを見ていた。
その瞳を見た途端、何かに突き動かされるのを感じた。
何故そうしたかったのかなんてわからない。
ただ衝動だけが強く支配し、その行動に説明などつけられない、そんな時がある。
      血の味のするキスなんて、普通じゃ無い…
そう思いながらアスランは、カガリを引き寄せて、その紅い唇に触れた。

<了>    05.04.17





それは、手の届く距離



「アレックス。」
とドレスに身を包んだカガリが振り向くと、そこにある筈の姿が無い。
「アスラン?」
カガリが辺りを見回すと、パーティー会場の少し離れた場所で、アスランが見知らぬ綺麗な女性と話し込んでいる。
何を話しているのかは聞こえないが、その女性はニッコリと微笑むと、アスランに挨拶をしてその場を離れていった。
カガリはそんな様子をじっと見ていたが、アスランがカガリの視線に気付いて近寄って来た時も、黙ってアスランをチラリと見ただけだった。
「どうした?」
とアスランが、カガリのいつもと違う様子に気付いて声を掛けても
「別に。」
とただ憮然として答えただけだった。
「別に、何も無いって顔じゃ無いけど?」
とアスランが苦笑して言うと、
    ちゃんと。」
と暫くして、カガリがおもむろに口を開いた。
    ちゃんと、私の手の届く距離にいろ。」
そう言うと、会場から外へと歩き出す。
アスランは漸くカガリの不機嫌の要因に思い至り、カガリの後を追いながら、
「いや、あれは…。」
と、「道を聞かれただけだ」と言おうとしたが、その言葉は引っ込めて、
「…もし、手の届く距離にいたら…。」
とカガリの背中に向かって言う。
「手が 『届く』 だけでは済まなくなるんだが…。」
その言葉を聞いたカガリは、ピタリと立ち止まる。
そして、次の瞬間くるりと振り向くと、
「いいぞ、別に。」
と真っ直ぐな視線を放って、アスランを見返す。
「…え?」
まるで予期せぬ言葉を受けて、不意打ちを喰らったアスランは、一瞬息を呑む。
それは、手の届く距離。
「え、いや…その…。」
次第にアスランの頬が薄っすらと紅潮していく。
そんなアスランの様子を見届けたカガリは、満足げに微笑むと、
「ところでアスラン、例の兼ねてからの法案の件なんだが…。」
そう言うと、またくるりと振り返って歩き出す。
呆然と暫く佇んでいたアスランは、漸く我に返ると、カガリの後を追う。
「ちょ、ちょっと待て、カガリ。」
そんな二人の上には細い月。
二人の影が、パーティー会場のライトを避けるように、夜の闇の中に紛れて行った。

<了>    05.04.17





恋の美容液



「やっぱり、絶対にヒアルロン酸は外せないわね。」
「うーん、でもこれからの時期、紫外線を考えたらプラセンタも外せないんじゃないか?」
ミリアリアとカガリが雑誌を見ながらしきりと盛り上がっているところへ、ラクスがヒョイと顔を出した。
「あらあら、何やら楽しそうですわね。」
とニコニコと笑う。
「あ、ラクス、今ミリアリアとさ…。」
と、カガリが手持った雑誌を見せて、
「今月号の特集の、『綺麗になる為の手作り美容液』っていうのを見てたんだが…。」
と説明する。
「ヒアルロン酸・コラーゲン・プラセンタ・セラミド…ラクスなら、どれを入れる?」
カガリがそう言うと、ラクスは少し考えてから、
「そうですわね、私でしたら…。」
とニッコリと微笑んで
「 『恋を一滴』 … ですかしら…?」
カガリは思わず持っていた雑誌を取り落としそうになり、ミリアリアは飲んでいた紅茶をティーカップから零しそうになった。
「あら、いけませんわ、これから出掛けるところでしたの。」
そう言うとラクスは二人に暇乞いをして、ふんわりといい匂いを残し、その場を立ち去って行った。
カガリとミリアリアはその後姿を見送っていたが、
「ラクスって…。」
「時々、さり気なく凄い事を言う…。」
と言い合ったが、ふとミリアリアが
「でも、上手い事を言うわね。」
と少し感じ入ったように言ったので、カガリがキョトンと
「え?そうか?」
と首を傾げる。
そんな様子を見ていたミリアリアは、
      これじゃあアスランが苦労するワケだわね…。
と、軽く溜息を吐いて、カップに残った冷めた紅茶を飲み干した。

<了>     05.04.17   ……意味不明